みなさんは、鍼や灸による治療を受けたことはありますか?そして治療を受けたことのあるかたは、どのような感想を抱きましたか?
周囲の人に対してこのような質問をした場合、受けたことのない人は「鍼って痛いんでしょう?」と、受けたことのある人は「見ていない間に終わってしまい、よくわからなかった」と答えることが多いです。
治療に対する感想があいまいであるケースが多いため、これから治療を受けようと思っている人にとっては不安になってしまう要因にもなりえるでしょう。私が鍼灸師として勤務していた際も、このような患者さんの不安を頻繁に耳にしていました。
そこで当記事では、鍼灸師の視点から鍼灸治療について解説していきたいと思います。これを読んだうえで治療に臨み、「鍼灸を受けてよかった」と感じてもらえることを目的としています。
鍼灸が「オーダーメイドの治療」と呼ばれるわけ
鍼灸は「オーダーメイドの治療」と呼ばれることがあります。その理由は、一人ひとりの体の状態に合わせて「どのツボを使うのか、どの鍼を使うのか、どの灸を使うのか、どの程度の刺激を与えるのか……」と決めていくからです。
そして鍼灸師は、あらゆる症状に対して治療を行います。肩こり、腰痛、神経痛など……他にも身体の内側の美や健康に関するニーズにも応えることさえあります。こちらの分野は「美容鍼灸」とも呼ばれます。
その人の体質や治療する箇所、求める効果を総合的に判断して治療を組み立てていくため、「オーダーメイドの治療」とも呼ばれるのです。
鍼灸治療によって疲労が軽減されることも?
疲労が軽減されたエピソード
私が治療院で鍼灸師として勤務していたときの体験をお話ししたいと思います。
診療時間終了後、仲間の鍼灸師から鍼灸治療を受ける機会がありました。当時の私は体調で困っていることはなかったので、正直なところ「特に何も症状がないのに治療しても何も変わらないのではないか」と感じていました。施術時間は鍼と灸を合わせて10分弱。終了後は特に何も感じず家に帰りました。
治療を受けて2、3時間後でしょうか。寝る準備をしていると、どこかいつもと違う感覚に気付きました。身体は疲れているのにも関わらず、なぜかすっきりした気分であったのです。今まで感じたことのない感覚でした。疲れすぎていると、寝付いても夜中に目が覚めてしまうこともありましたが、その日は翌朝まで眠ることができました。
仕事でもうひと頑張りしたいときなど、栄養ドリンクやコーヒーを飲むのと同じように鍼灸治療も受けるのも有効な方法なのではないかと、思ったのです。
自律神経が整えられた可能性
『すべての疲労は脳が原因(著:梶本修身)』という書籍のなかでは、「疲労の正体は”脳の疲労”に他ならない」と述べられています。私たちが「疲れた」と感じるとき、疲労をしているのは自律神経なのだそう。
例えば運動をすると、息が上がって呼吸数が多くなります。それにともなって脈拍も速くなり、体温も上がって汗もかきます。ここで無意識に身体を調整しているのは、自律神経のはたらきです。
自律神経の中枢とされるのは視床下部、前帯状回と呼ばれる部分の脳のことです。ここから大脳の眼窩前頭野にシグナルが送られ、それが疲労感としてあらわれます。つまり、脳が感じる疲労感と体が感じている疲労感は必ずしも一致しないのです。
鍼灸治療で使うツボには神経が集まっています。鍼や灸の刺激が神経を伝わり、自律神経の交感神経と副交感神経のバランスを整えるといわれています。交感神経優位の状態から、交感神経と副交感神経の切り替えがうまくいくようになったことで、結果的に「すっきりした気分」と感じるようになったのでしょう。
鍼灸治療の効果を得るために
一回の治療だけで判断するのは難しい
前述した治療では、幸いなことに一回で効果が感じられました。一方で、二回目の治療につながらなかったケースも多く見てきました。その理由は「一回の治療で満足してしまった」「効果が感じられなかった」「時間的・金銭的事情で通院が難しい」など、多々あると思います。ただやはり、一回の治療だけで「効果がなかった」と判断するのは早計であると感じます。
治療を受ける側としては「お金を払ったのだから一回でも効果が出て当然だ」と言いたくなるかもしれません。ただ、症状の改善はいつもわかりやすいものとは限らないのです。「そういえば痛みや違和感があったけど、いつの間にか気にならなくなっていたな」というように、気づけば症状に困っていたことすら忘れていたという経験もあるかと思います。
繰り返し治療することが大切
鍼や灸の刺激の強さ、弱さの感受性は人それぞれによって違います。刺激に強い、弱いかを判断する指標はあるのですが、正直なところを言うと、一回治療しただけでは効果があったかどうか判断できないところがあるのです。
例えば、病院で処方された薬が効きすぎるようなら「もう少し効き目が穏やかな薬はないか」と相談するように、鍼灸も「前回の治療後の調子はどうだったか」と治療を受けた人から教えてもらう必要があるのです。それによって、鍼灸師は前回より弱めの刺激にしたり、逆に刺激量を上げてみたりして調整をしています。
よく鍼灸師が「あのあとはどうでしたか?」と聞くのは、前回の治療が適切な刺激量だったかどうかを知るためです。何気ないやりとりのようですが、その情報から回復の具合を知り、以後の治療に反映させる、という繰り返しで刺激量を調節しているのです。
効果のある治療を受けるには、鍼灸師の技術はもちろんですが、治療を受ける人にとって適切な刺激量になっているかを確かめていく過程も必要になります。
鍼灸治療とは長く付き合っていこう
疲労の回復や症状の改善は、いつも右肩上がりとは限りません。改善が見られず「ちっとも効かなかった」とあきらめてしまう前に、少しでも変化した部分はないか振り返ってみてください。
何も症状がなかった私が、治療を受けて疲労していたことに気付いたように、時間が経って期待していなかった効果を感じることがあるかもしれません。施術者とのやりとりを重ねて自分の身体の変化に気付き、症状の変化を見守る、という余裕を持つことが大切であると言えるでしょう。