酪農マンガ『銀の匙』がもっとおもしろくなる!知られざる乳牛の生態

●牛にはなぜか胃が4つもある。だから彼らは「草」を「乳」に変換することができる。
●1つ目の胃にはたくさんの微生物が住んでいる。それらが発酵を行うことによって、牛は栄養を得ることができている。
●その胃の環境を維持するために、牛は「反芻(はんすう)」と呼ばれる行動をとる。
●反芻とは、一度食べたものをまた口の中に戻し、またかみ、飲み込み、戻し、かみ…という行動を続けること。
●それによってアルカリ性の唾液が胃の中に届き、酸性に傾く胃の環境を適正に維持することができる。それにより、また微生物は活発に動き出す。
●牛は1日のほとんどの時間を「食べる」と「休む」の時間に使っている。また、それを行うことで乳の出る量は増える。
●そのため、酪農家は「いかに牛が快適に過ごせるか」ということを考えて仕事をしている。

なかなかマニアックな記事に目を通していただきありがとうございます。本記事では「乳牛の魅力」に焦点をしぼってお話をさせていただきます。あまり一般の方が通る機会の少ない「乳牛に興味を持つ」という道。この記事を見ていただいたあなたに精一杯、乳牛の魅力についてお話しできれば幸いです。

中学を卒業後、農業高校へ通い、そのあまりにも可愛らしい乳牛の生態に興味を持った私は、北海道の畜産大学に進学いたします。そこで日々学ぶ乳牛のおもしろさ。「なんと魅力的なんだろう!」と感じる毎日でございました。

最近では『銀の匙』という漫画も映画化・アニメ化され、この「畜産」という世界にもたくさんのスポットが当たるようになってきました。そんな世界に興味を持ってしまったあなた方へ「へぇ〜、牛っておもしろい生きものだなぁ!」と、より深い興味を持っていただけたら嬉しいです。

それでは早速、乳牛の魅力について見てみましょう。

こいつら、4つも胃があるんです……

まず牛にとって最大にして最高の魅力のひとつがこれ。「胃が4つある」ということ。その4つある胃のひとつひとつに役割がありますが、もっとも重要な役割をこなすのが1つ目の胃。「第一胃」、通称「ルーメン」と呼ばれます。

この「ルーメン」があるからこそ、牛は草を栄養に変えることができ、その副産物である「牛乳」を私たちがいただける、ということになります。

この1つ目の胃が何をしてくれているか知っていますか?彼らは胃の中で微生物を飼っているのです。普通、飼わないですよね。胃の中で。微生物。そりゃあぼくらも「腸内細菌」的なものはいてくれて、それらが活躍してくれるから日々健康で暮らせるのだけれども、彼らの第一胃はそんな可愛いらしいものではありません。

ぼくらの消化は基本的には胃液などの消化液に頼っているわけですが、彼らは微生物に消化させるわけです。そして、なんとその微生物が出す「ガス」を栄養分に変える、という離れ業をやってのけます。言ってみれば、牛の第一胃は巨大な「発酵槽」なんです。牛が食べた食物を、微生物が発酵し、その発酵物を牛が栄養に変えています。

彼らにとって、微生物とは「共生関係」にあるわけですね。牛が微生物を飼い、微生物が食物を消化することで、牛は生きている。微生物は牛の胃の中で一生懸命に生活をして、次々に食物を消化していきます。牛を飼っている農家さんたちの中には「牛飼いは虫飼いだ」という人もいるくらいなんですよ。

微生物に一生懸命働いてもらうために

胃のなかの「pH調整」が重要

牛も、ただ微生物を胃の中で飼っているだけではありません。微生物がたくさん働けるように、彼らも工夫をしています。それは「pH調整」です。牛の胃の中は基本的にpHが6〜7の間で安定しています。その間が最も微生物が活動しやすく、消化が活発になります。

しかし、微生物が活動すればするほど、胃の中は微生物が出すガスによって酸性に傾いていきます。あまりにも胃の中が酸性になってしまうと、微生物の活動は停止して、牛は病気になってしまいます。

なんとも皮肉な話です。自分たちが活動すればするほど、環境が悪化していく。ただ、活動をしないわけにはいかない。さて、微生物たちはいったいどうすれば良いのでしょうか。

そこで登場するのが、牛の出す「唾液」です。牛は、胃の中のphを6〜7に保つために、常にアルカリ性の唾液を胃の中に送り込むのです。これが牛にとって重要な仕事「反芻(はんすう)」と言います。

牛の大切な仕事「反芻(はんすう)」

牛の変わった特徴のひとつ「反芻」。牧場などに牛を見に行くと、よくやっている行動です。口をもごもご、もごもごと動かしていたかと思うと、ピタッと行動をとめて、数秒間じっとしています。そしてしばらくたつとまた、ピクッと動き出し、もごもご、もごもご。これが、牛が反芻しているときです。

反芻とは、口の中の食べものをかみ砕き、粉砕してから、飲み込み、第一胃に送ります。そしてその胃の中の消化物をまた口の中に吐き出し戻します。そして、またかみかみ。飲み込む。吐き出す。かみかみ。飲み込み……。

こんな行動を牛は1日に4〜8時間おこなうとも言われており、1日のほぼ3分の1をこの「反芻」に当てていると言っても良いでしょう。

この反芻の一番の目的は「食べものをすりつぶすこと」と「腸内のpHを適正に保つこと」にあります。何度も食べものをかむことで、繊維質の強い草の繊維を破壊し、より消化しやすいようにする。また、牛の強アルカリ性の唾液を第一胃に送り込むことによって、酸性に傾く胃の中を適正状態に戻していく。そんな大切な作業なのです。「よくかんで食べなさい!」の最強バージョンですね。これを人間が真似すると「いくらなんでもかみすぎよ!いい加減にしなさい!」と怒られるレベルです。

うらやましい!「寝れば寝るほど仕事が進む」

彼らの魅力はそのライフスタイルにもあらわれます。私は大学時代に「牛の行動を48時間記録し続ける」というなんとも不思議な研究を行っていました。その中で彼らの行動はほとんどこれしかありません。「食う」と「休む」です。
研究によると、牛は1日の3分の1の時間を食べる時間につかっています。また、「休む」のも彼らの大切な仕事のひとつで、横臥時間(寝転んでいる時間)が1時間増加すると1日の乳量が1〜1.5kg増加するとも言われています。「牛をいかに休ませるか」が酪農家の課題だったりもします。

前章で述べた通り、牛は1日の3分の1ほどを休息・反芻の時間につかっているので、彼らは基本的に、食べているか、休んでるかが人生(牛生?)の中心で、それが彼らにとって、生きる上で非常に重要な行動なのです。ここが非常に魅力的。食べて休むのが一番の仕事。うーん、憧れる職業です。

いかに快適に仕事をしてもらうか「カウコンフォート」

「社畜」という言葉があるように、牛たちのような「家畜」は人間の都合のいいように搾取されていると考えられており「かわいそう」の代名詞でもあります。しかし、現在の農場での状況はすこし違っています。
畜産先進国のヨーロッパで主流になっている考え方は「アニマルウェルフェア(動物福祉)」や「カウコンフォート(牛の快適性)」。つまり「いかに家畜が快適に過ごせるか」が重要視されています

最初にも触れましたが、牛は休めば休むほど、乳を出す量が増えます。要は牛にとってより快適な環境を提供するほど、生産効率が上がる、ということですね。よって、今時の先端の酪農家さんは「どれだけ牛に気持ちの良い時間を過ごしてもらえるか」を一生懸命考えているのです。畜産の世界ではとっくに「働き改革」が進んでいるのですね。

すばらしき乳牛の世界

基本的に休んでばかりいる牛。しかしそれは一生懸命に働いている姿でもあるのです。快適に過ごすことが彼らの仕事なのです。そして、体の中に微生物を飼い、それが発酵することにより自分の栄養分をまかなっている。漫画『もやしもん』の世界がまさに胃の中で行われているわけですね。それにより、私たちは「牛乳」を飲むことができています。
なんともすばらしき乳牛の世界。牛に興味のある人達に、乳牛の魅力がすこしだけでも伝われば幸いです。

この記事を書いた人

酪農マンガ『銀の匙』がもっとおもしろくなる!知られざる乳牛の生態

杉山直生

農家、ライター

愛知県出身、在住。
農業高校を卒業後、北海道の畜産大学に入学。
JAに勤めるも自分自身で農に関わりたいと思い4年で退職。
2年間の農業研修を経て現在、愛知県で新規就農奮闘中。
農の魅力をもっと多くの人に伝えたい!との思いでライター活動をしています。

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