渋谷で手軽に本格派クラシックライブを!「LIVING ROOM CAFE & DINING」に行ってみた(エンタメライター)

●「ラ・フォル・ジュルネ」の成功などをきっかけに、日本でもクラシックをカジュアルに楽しむ機会が増えてきた。
●eplusの運営する東京・渋谷のカフェ「LIVING ROOM CAFE & DINING」で、日曜昼に開催されている「サンデー・ブランチ・クラシック」はその象徴と言える。
●500円のミュージックチャージで約30分の演奏を楽しめる。子どももOKというカジュアルな雰囲気ながら、注目の若手をそろえたラインナップが特徴。
●客席との距離が近く、おしゃれな内装や落ち着いた照明も相まって、サロンで音楽を楽しむ感覚。アーティストのトークにも親近感がある。
●eplusらしく関連のコンサートのチラシなども入っていて、興味を持った人にとっては次につながる「扉」になる。
●平日夜には様々なジャンルの音楽や落語、昼には子どもと一緒に楽しむライブなども企画されていて、新たなエンタメ発信基地になっている。

堅苦しい印象を持たれがちなクラシック音楽ですが、2005年に東京で始まった「ラ・フォル・ジュルネ・オ・ジャポン『熱狂の日』音楽祭」や、連ドラ「のだめカンタービレ」(2006年)のヒットをきっかけに、少しずつ敷居が低くなってきたようです。そんな中、渋谷駅の徒歩圏内に、食事をしながら気軽に音楽を楽しめるカフェが生まれました。チケット販売のeplusが運営する「LIVING ROOM CAFE & DINING」です。産声をあげて1年半、新たなエンタメ発信基地として注目されています。

「サンデー・ブランチ・クラシック」に行ってみた

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ミュージックチャージ500円で聴ける、一流アーティストの生演奏――。eplusからメールで送られるプッシュ情報で、以前から気になっていた「サンデー・ブランチ・クラシック」に4月23日、足を運んでみました。
渋谷駅から徒歩5分。にぎやかなスクランブル交差点を抜けるとすぐに、お目当てのビルがありました。109のすぐ隣、道玄坂に面したまさに一等地です。ワクワクしながらエレベーターに乗り、「LIVING ROOM CAFE & DINING」のある5階へ。明るい屋外から一転、やや暗めの照明が別世界に誘ってくれました。

この日のゲストは、ピアニストの阪田知樹さん。2016年の「リスト国際ピアノコンクール」で、アジア人男性初の優勝を飾った若手演奏家です。
実は、事前に店のホームページで予約を試みたのですが、すでに満席でした。当日席が取れる可能性もあるということでしたので、ダメ元で来てみたのです。お店の受付で係の女性に尋ねたところ、「見切れが出るかもしれない席ですが、それで良ければ」というお返事。もちろんOKです。「チケット完売→諦めてください」という判で押したような対応でないところがアナログ派には嬉しいところ。期待が高まります。

子どもも可、食事しながら音楽を楽しむ醍醐味

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足を踏み入れると、想像以上に広々とした空間が広がっていました。小型のヤマハ製グランドピアノを取り囲むようにソファ席、椅子席、カウチ席……。アンティークレザーが張られたソファ席の奥には本棚や暖炉がしつらえられ、邸宅のリビングやサロンを思わせる雰囲気です。ここが「リビング」で、ステージ正面に配置されたカジュアルな椅子席のコーナーは「パティオ」、オープンキッチンをのぞめるゾーンは「ダイニング」。それぞれに異なる趣ながら、一体感もある不思議な空間です。

開店は午前11時半。昼前にはすでに7〜8割方の客席(ライブエリア200席)が埋まっていました。心地よいボリュームでボサノバ系の音楽が流れる中、店員がキビキビと動き回り、オーダーをこなしたり、新規の客を案内したり。午後1時の開演15分前と5分前にアナウンスが入り、「小さなお子さんや食器の音でにぎやかになる場合もありますが、リラックスして音楽をお楽しみください」といった呼びかけがありました。
クラシック愛好家には音に敏感な人が多く、飴玉の包み紙を開ける音などが響こうものなら、とたんに冷視線を浴びがちです。その機先を制するようなアナウンスに、”明日の聴衆を育てる”ことを目標に掲げ、未就学児入場可のプログラムを積極的に企画してきた「ラ・フォル・ジュルネ」に通じるものがあると感じました。

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ならではの臨場感、軽快なトークも

午後1時。阪田さんが登場し、演奏を始めました。一曲目は『主よ、人の望みの喜びよ』。客席の目と耳がすっと奏者に集まりますが、張り詰めたものではなく、心地よいリラックス感が漂います。店員が接客に動き回ったりしてもほとんど邪魔にならない。これも「場」の持つ力でしょうか。

続いて阪田さんのトーク。自己紹介や単独初出演の喜び、この場にふさわしい曲は何か考えてプログラムを構成した、といったお話が楽しげに語られていきます。ほかにも『ラ・カンパネッラ』『愛の悲しみ』など有名曲を披露しましたが、阪田さん自身も「初めて聴かれる方が多いのでは……」とコメントした、リストの『ペトラルカのソネット第104番』を入れたところに、今回の公演に対する思い入れの深さを感じました。一回限りの特別感、音質の良さ、距離の近さが生む臨場感……ライブならではの醍醐味です。

次につながる情報も提供

この日は、カフェに入ると同時にチラシ類も手渡されました。といっても、コンサート会場の入り口で配られるような重い束ではなく、“厳選”された数枚。阪田さんが近々出演するオーケストラ公演が中心です。「サンデー・ブランチ・クラシック」で興味を持ったら「次へ」という扉が開かれているわけです。
そのほか、「アーティストサポートとして、ご感想とチップをいただければ幸いです」と記された小さな紙も入っていました。500円のチャージとチップは「出演アーティストに全額お渡しします」とも。アーティストの活動を「お客様とともにサポートしていきたい」という趣旨なのだそうです。もちろんチップは強制ではありません。さりげなく応援できる、参加意識をかきたてられる良いシステムだなと思いました。

旬の若手からベテランまで多彩な出演者

「サンデー・ブランチ・クラシック」は、2015年9月20日に産声を上げました。初回に登場したのは注目のピアニスト反田恭平さんです。高校在学中に日本音楽コンクールで1位入賞、2015年7月にCDデビュー。「サンデー・ブランチ」の勢いをかってでしょうか、翌年のサントリーホールでのデビューリサイタルは完売になりました。

店のホームページによりますと、橋本行秀eplus社長は運営側の課題として「企画力」を挙げていますが、その後もカフェは順調な歴史を刻んでいるようです。出演者リストを見ると、ピアノの金子三勇士さん、バイオリンの松田理奈さん、奥村愛さんら人気と実力を備えた若手から、ギターの村治奏一さん、チェロの長谷川陽子さん、声楽の宮本益光さん、林美智子さん、チェンバロの曽根麻矢子さんら、脂の乗った中堅まで顔をそろえていますし、テレビ出演で話題を呼んだ山田姉妹も常連メンバーです。ジャンルもソロからピアノトリオ、カルテット、声楽ユニットまで徐々に広がってきました。

「落語」シリーズもスタート

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「LIVING ROOM CAFE & DINING」は、平日夜には様々なジャンルの音楽を提供するライブハウスですが、今春から「リビング落語」もスタートしました。4月第一週には春風亭一之輔さん、第4週には柳家喬太郎さん、5月第2週には柳家三三さんという、売れっ子が続々出演しました。いすれも4日連続で、出し物やゲストが日々変わるシステムです。講談の一龍斎貞橘さんがゲストだった4月25日の「柳家喬太郎と道玄坂の夜」を拝見したのですが、日大でミュージカル研究会に入っていたという貞橘さんが歌声を披露するサプライズもあり、特別感のある時間を楽しむことができました。
内容を噺家さんがプロデュースするしくみで、彼らにとっても、これまでにない「場」になっているようです。

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カフェだけに食事も充実しています。1ドリンク・1フードのオーダーが必要ですが、アレルギーなどがあって食べられるものがない場合は「事前にご相談いただければ対応します」(店員さん)とのことです。ミュージックチャージ制の「サンデー・ブランチ・クラシック」の場合は食事をしながらもOK。チケット制の落語の場合、開演中は食器類は片付ける、という違いもあり、ふさわしい形を模索しているようです。4月28日には、ボサノバの小野リサさんによる「お子様と楽しむティータイム・ボッサ」というベビーカーの持ち込み可のライブも行われました。

新たなエンタメ発信基地に

平日夜の「LIVING ROOM CAFE & DINING」が見せるのは、「食事やアルコールとともに、ノリのいい今どきの音楽を楽しむカフェ」という、「都会のライブハウス」のイメージ通りの”顔”です。しかし、それとは距離のある「クラシック」「落語」をメーンディッシュに取り上げたのが、このカフェの独自性であると言えるでしょう。

根底にあるのはやはり、「チケットに限らず、広くエンターテインメントライフを企画・提案をしたい(橋本行秀eplus社長)」という運営側の精神。流行の先端を行く街・渋谷と古典……一見、相容れないように見える取り合わせですが、だからこそ従来になかった化学反応が生まれる可能性が秘められているように思います。

外国人観光客の志向が「消費」から「体験」にシフトしてきた、という分析を最近よく目にするようになりました。二次元ではない、現実の「場」を提供することが「体験の共有」「次の体験を求めるステップ」になるのではないでしょうか。
渋谷という一等地で採算を取っていく難しさはもちろんあるでしょうが、今春には落語企画がスタートしたように、今後も新たな、そしてほかに類のない挑戦の「場」を提供してくれるのではないでしょうか。一過性ではない試みとして注目したいと思います。

この記事を書いた人

渋谷で手軽に本格派クラシックライブを!「LIVING ROOM CAFE & DINING」に行ってみた(エンタメライター)

広井瞳

ライター

静岡県出身。小学生時代、転校生が弾くバイオリンに憧れたが経済的な理由などで断念。大人になってからレッスンを始めたものの上達せず、「3歳ぐらいまでに始めないとだめ」なことを再認識した。18歳で上京後はライブの魅力につかれ、歌舞伎座の幕見席や宝塚の3階席(当時)に通う。以来、記者・編集者として見る側、聴く側に徹してきた。

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