「ご遺族を綺麗にして送ってあげたい」”おくりびと(納棺師)”の仕事(取材ライター)

●おくりびと(納棺師)という職業の認知度は高まりつつあるものの、仕事の内容や納棺式などについて知る人はまだ少ない。
●病院や介護施設で行うエンゼルケアと納棺師の施す処置は、目的から内容まで違う。
●欧米で発展した遺体管理術「エンバーミング」は、日本であまり需要がない。
●ご遺族から納棺師へ寄せられる要望のなかには、ご遺体の状態によって対応が難しいものがある。
●ご遺体を自宅に安置する際、葬儀の日まで美しく保つためには家族による処置や配慮が必要不可欠。

映画「おくりびと」の影響により、納棺師という職業の認知度は格段に上がりました。しかし、現役の納棺師として年間1,000件あまりの業務に携わる中、初めて納棺師の仕事に立ち会ったというご遺族が未だに大半を占める状況です。果たして納棺師の役割や仕事の内容とはどのようなものなのでしょうか。

こちらでは、遺体管理に関する簡単な知識も踏まえつつ、おくりびと(納棺師)の仕事内容について紹介していきたいと思います。

エンゼルケアと納棺師が施す処置の違い

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病院や介護施設で行われる「エンゼルケア(死後の退院、退所のための準備)」と、納棺師の施す処置とでは、目的がはっきりと異なります。

エンゼルケアは、顔や体を清拭し、鼻や口から体液が漏れないよう綿を詰め、血色がよく見えるよう薄く化粧を施すなど、最低限の処置を行うことです。グリーフケア(死別による悲しみを克服し、日常生活へと復帰するための精神的なサポート)の一環として、施設の職員とご遺族が一緒に行う場合もあります。

一方で納棺師が行う処置は、ご遺族や葬儀の参列者が安心して故人と対面できるよう、見た目を重視します。詰め綿は見えないよう鼻腔や口腔の奥深くまで詰め、含み綿やシリコンを使い、やつれた顔をふっくらとさせ、傷跡はなるべく目立たないよう工夫しながらお手当てを施します。必要あればメイクでカバーをして、できる限り生前の面影に近付けていくのです。

(参考)死後処置の手法「エンバーミング」とは

死後処置の手法のひとつとして「エンバーミング」と呼ばれるものがあります。防腐処理を施すという点が最大の特徴で、エンバーマーと呼ばれる専門の技術者がいたり、納棺師にもその技術が求められる場合があります。ドライアイスや保冷庫でご遺体を冷やさなくても腐敗や変色が起きず、常温で二週間ほどの保存が可能となります。

しかし、この技法は主に欧米で発展・普及したものであり、日本ではあまり知られていません。原因として、以下のような点が挙げられます。

・料金が高額である。
・火葬が一般的である日本では、ご遺体を長期間保存する必要がない。
・切開したり針を刺したりすることに抵抗のあるご遺族が多い。

2011年に起きた東北大震災の際に、遺体を保存するためにエンバーミング処理がなされたことで、日本でも名称を聞いたことがある方が増えました。

納棺師にできること・できないこと

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納棺師に依頼する目的や理由は、ご遺族により様々です。しかしながら、ご遺体の状態によっては希望に沿えない場合もあります。ご遺族から特に多く寄せられるご要望の一部と、それぞれに対する納棺師の対応を見ていきましょう。

曲がっている体の一部を真っ直ぐにしてほしい

死後硬直が原因であれば、死後一日ほど経過すれば自然と死後硬直が解けるため、曲がった部分をマッサージしたり伸展(間接を広げる動き)したりすることにより解決します。
しかし、病気や寝たきりの生活が原因で骨格から変形している場合はそうもいきません。伸ばそうとして過剰な負荷をかけると、骨が折れたり皮膚が裂けたりと、ご遺体を傷つける原因にもなってしまいます。

故人のお気に入りの洋服を着せてほしい

普段着以外にもドレスや制服、スーツなど、基本的にどのような衣服でも着せ替えは可能です。できる限り伸縮性のある生地でゆったりとしたデザインのものを選ぶことで、ご遺体に負担をかけずに着せることができます。

開いた目や口を閉じてほしい

硬直の度合いや歯並びの具合で難しい場合もありますが、含み綿である程度形を整えることはできます。ただし、口元は強引に閉じることで不自然な表情になってしまうこともあるので、納棺師と相談しながら最も故人らしい表情に仕上げるのが最善です。

入れ歯を入れてほしい

口が開く状態であれば、入れ歯をはめることは可能です。しかし長く入れ歯をされていない方や急激に痩せてしまった方は、合わない入れ歯をはめることでかえって不自然になってしまうこともあります。
その場合は敢えて入れ歯はせず含み綿のみで口元を整え、入れ歯は棺に納めるという方法もとれます。

浮腫や腹水を取り除いてほしい

腹水の除去は納棺業者によって対応していないこともあるので、あらかじめ葬儀社のスタッフに確認をとってみましょう。エンバーミングを依頼した場合は、ほぼ確実に取り除くことができます。浮腫はマッサージによりある程度目立たなくはなりますが、完全に無くなるか否かは個人差があります。

血や体液の漏出を止めてほしい

延命措置のために輸血や点滴を受けた方は、亡くなったあとに鼻や口から出血あるいは漏液が起こる場合があります。少量であれば詰め綿をすることで抑えられますが、出血(漏液)が多い場合、一回の処置で止めることは難しくなります。
出血(漏液)が見られた時点で納棺師へ処置を依頼し、葬儀の日まで数回に渡りお手当てを繰り返せば、ほとんどの場合ご遺体の状態は落ち着きます。

家族ができるご遺体のケア

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施設や警察からご遺体を引き取ったあと、「なるべく自宅で休ませてあげたい」、「火葬までの短い時間をできる限り故人と共に過ごしたい」という理由で、霊安室ではなく自宅への安置を希望するご遺族も多くいらっしゃいます。とはいえ、どんなに綺麗なご遺体でも、自宅にいる間に腐敗や変色が起きる可能性は十分にあります。それらの変化を防ぐためには、同じ家に住むご家族の配慮が欠かせません。

室温を低めにしてカーテンを閉める

ご遺体は必ず空調が設置されている部屋に安置し、季節を問わず冷房を最低の温度に設定し、極力涼しく保ちましょう。また直射日光が当たらないようカーテンや障子、雨戸は必ず閉め、ハエや羽虫などが入って来ることのないよう注意してください。

ドライアイスの位置を確認する

葬儀社のスタッフがご遺体を安置したあとは、できれば一度布団をとって、ドライアイスが置かれている位置を確認してみてください。おそらくは胸の上で手を組んだ姿勢で、胸部や腹部を中心にドライアイスが当てられていると思います。

もしドライアイスが組んだ手の上に置かれているようであれば、一旦手を解き腕を体の横へ下ろしてください。そのままドライアイスを当て続けると、凍ってしまうだけでなく、凍傷を起こし皮膚がただれてしまいます。

ドライアイスを並べなおしたあとは、再びしっかりと布団を掛けて冷気が逃げないようにします。そして、ドライアイスを動かすときは換気を十分に行い、手袋などを使用しながらドライアイスに直接触れないようにしてください。

ゴムバンドの痕がつかないようにする

顎や手がゴムバンドで固定されている場合、これは外しても問題はありません。固定したままでいるとゴムバンドの痕が皮膚に残ったり、圧迫された部分に体液が溜まって水膨れになったりてしまうおそれがあります。
口が開いてしまうのが気になる場合は、丸めたタオルなどを顎の下に当て、痕がつかないよう固定しましょう。

化粧品などで皮膚の乾燥を防ぐ

亡くなった方の皮膚は大変乾燥しやすいため、顔や腕、足など露出している部分はできるだけ保湿を心がけてください。ご遺体の保湿にはベビーオイルやワセリンなど、ミネラルオイル(鉱物油)を多く含む化粧品が効果的です。
ただし、ワセリンは厚く塗り過ぎると固まって白く残ってしまうので、少量を薄く塗り広げるようにしましょう。

困ったら「おくりびと」に相談を

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たとえ家族であったとしても、遺体へ触れることに抵抗のある人は少なくありません。ご遺体のケアは無理のない範囲で行い、明らかな変色が見られたり臭気が発生したりした場合は、早めに葬儀社へ連絡してください。

この記事を書いた人

「ご遺族を綺麗にして送ってあげたい」”おくりびと(納棺師)”の仕事(取材ライター)

高木昭良(たかぎあきら)

フリーライター

埼玉県出身。イギリスにて一年間の留学を経たのち、自営業、ポールダンサー、警備員、探偵調査員等様々な職業を経験し、現在は納棺師を務めながらフリーライターとしても活動中。
得意分野は文学、芸術、実体験や取材をふまえた職業レポート。

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