やはり『千と千尋の神隠し』は深かった!作中の「しぐさ」に隠された謎と考察(エンタメライター)

●『千と千尋の神隠し』に登場する何気ない「しぐさ」には、呪的・神話的意味合いが隠されていると考察できる。
●釜爺が千尋に行った「えんがちょ」はケガレを祓うための最も有名な民俗風習のひとつ。
●ハクが千尋が逃げるための時間を稼ぐことができたのは、「息を吹く」ことに厄災を祓う意味があったから。
●作中には千尋が「振り返って良いとき・悪いとき」の二種類がある。その謎を解く鍵は「縁をつなぐべき場面かどうか」にある。
●「しぐさ」という視点を取り入れて作品を再び観ると、新鮮な面白さを感じられる!

映画『君の名は。』が国内興行収入250億円を記録し、歴代ランキング4位にランクインしました。しかし、現在も圧倒的な差をつけて1位に君臨しているのが、『千と千尋の神隠し』です。不動の人気の理由は、不思議な世界観、個性豊かなキャラクター、美しい背景、心躍る音楽など……挙げればキリがありません。
しかし、中でも特筆すべき魅力は、物語に込められた深い意味や、随所に出てくるアイテムやキーワードに対して「これってどういう意味?」と考察を深められる点ではないでしょうか。

そこで今回着目したのは、作中でさり気なく描写されているキャラクターのいくつかの「しぐさ」について。釜爺の「えんがちょ」をはじめ、ハクの「息を吹く」、千尋の「振り返る」など……たったこれだけの「しぐさ」から、実はストーリー上の重要な意味合いを読み取ることができるのです。これらの「しぐさ」には一体どんな意味が隠されているのでしょうか。『千と千尋』の「しぐさ」について、日本民俗学の視点から考察します!

そもそも「しぐさ」にはどんな意味がある?

誰かとすれ違ったときにおじぎをする、部屋を訪れたときはノックをする、相手を手招きする……いずれも誰しもが日常の中でなんとなく行っている数々の「しぐさ」ですが、国や文化、民俗によって動作の仕方や意味合いは異なります。

例えばノックの回数は、日本ならば2~3回が普通ですが、欧米では4回がスタンダード。3回ノックするのは親しい間柄の人にだけ、と言われます。同様に「相手を手招きする」場合も、日本では通常手の甲を上にして手招きますが、アメリカなど欧米では手のひらを上にして手招く場合がほとんどです。

意識的・無意識的を問わず、キャラクターの「しぐさ」にはその国の文化背景が反映されていると言えるでしょう。しかも、昔から人々が行ってきたしぐさの中には、呪的・神話的意味合いも隠されているのです。

釜爺の「えんがちょ」はケガレを祓うおまじない

千尋が銭婆のハンコについていた呪いの虫を踏んづけたとき、釜爺は「えんがちょ!」と言って、千尋が両手の人差し指同士をくっつけた部分を「切った」します。これは日本に昔からある「縁を切る(エンがチョン)」という有名な民俗風習のひとつ。何か悪いもの(=ケガレ)を断つという意味を持ちます。
エンガチョを知らなくても、子供の頃に「バリヤー」と言うことで何かを防いだ経験がある人は多いはず。これもエンガチョと同じように、子供の間で流行ったケガレを祓う風習のひとつとされています。
では、なぜわざわざ「エンガチョ」のシーンが取り入れられたのでしょうか?それは、しぐさひとつがおまじない(=魔法)になるという『千と千尋』の世界観をわかりやすく示しているためと考えられます。終盤でも、銭婆が「おまじない」を込めた髪紐が意味深に演出されていますね。

「息を吹く」ことで時間を稼げた理由

場面は物語冒頭へ戻って、不思議な世界に迷い込んだ千尋をハクが橋の上で助けたシーン。このときハクは、「ここは私が時間を稼ぐ」と言って、何かに向かって「息を吹く」しぐさをしています。時間を稼ぐということは、何かをその場に食い止めておくという意味であると考えられます。

もともと「吹く」というしぐさは「厄災を祓う」意味合いを持ち、例えば百足(むかで)払い、蛇払いのしぐさとして、「息を吹く」というおまじないの伝承が数多くあります。他にも、怪我をした箇所をフーフーと吹くしぐさが全国各地に昔から伝わっており、痛みや邪悪なもの、不浄なものを取り除くおまじないの意味がありました。
ハクがあの場で息を吹きかけたのも、「千尋を悪いものから守るためのまじないを使った」という意味合いを持つことが、しぐさで説明できます。

振り返って良いとき、悪いとき

作中で特に印象的なのはラストシーン。ハクは千尋に「振り返らないで」と言って元の世界へと送り出します。意味深なセリフなので、「どういう意味があるんだろう?」と考えたことがある方も多いと思います。ではこのシーンと対照的に、千尋が「後ろを振り返る」場面があるのを覚えていますか?まずは「後ろを振り返る意味」から考察してみましょう。

物語の序盤で千尋はハクに誘われ、豚になってしまった父と母に会うため釜爺の部屋を通って一度湯屋を出ます。そこで釜爺は「気いつけてな」と声をかけ、千尋は笑顔で振り返り手を振るのです。
これは、「千尋はまだ湯屋との縁がつながっており、再び湯屋に戻ってくる」ことを表しています。高知県には「出立の前に声をかけ、相手が振り返ることで、無事に旅ができる(=無事に戻ってこられる)」という言い伝えがあり、このシーンにぴったり当てはまります。

もとの世界へ帰るために「振り返ってはならない」としたら、振り返ることは「再び無事に戻ってくる」ということの暗示になっているのです。

では、もとの世界へ帰るシーンで「振り返ってはならない」のはなぜなのでしょう?
長野県諏訪湖地方での俗信では、「お葬式のお供に立っていくとき後ろを振り向くと次いで人が死ぬ」と言われています。他にも「節分の際に豆を四つ角に捨てたら鬼がついてくるから後ろを振り向いてはならない」、「お墓参りの帰りに後を振り向くと七十五日命が縮まる」など、「振り返る」ことで災いがふりかかり、禁忌とする俗信が各地にいくつも存在します。
ここに象徴されているのは「死者」と「生者」、つまり「黄泉の国」と「葦原の中つ国(日本の国土=生きている人間の世界)」、二つの世界。人間の世界に生きる千尋は、絶対に振り向かないことで、神々の住む世界と確実に縁を切らなければならなかったのだと考えられます。

一方で、神話にはこんなエピソードも。
古事記では、伊邪那岐命〔イザナギ〕が死んでしまった妻・伊邪那美命〔イザナミ〕を連れ戻すために黄泉の国に訪れます。イザナギはイザナミに「外に出るまで私の姿を見てはならない」と言われたにも関わらず姿を見てしまい、イザナミは逃げようとしたイザナギを追いかけ、結局二人は離婚してしまいます。
また、ギリシャ神話でも同じく、オルペウスは死んでしまった妻エウリュディケを取り戻すために冥界へと訪れます。冥界の王ハデスは「地上に戻るまでに後ろを振り向かなければ、妻を返そう」と約束します。結局オルペウスは後ろを振り返ってしまい、妻が戻ることはありませんでした。

いずれも禁忌を破ったために再会が叶わなかった夫婦の話ですが、その点、千尋は「振り返らない」約束を見事に果たしています。

ということは、千尋はハクと再び会うこともできるのでは?
そう考えると、「きっとまた会えるよ」と伝えあったあの別れは、悲しいものではなかったのかもしれません。

視点が増えれば面白さも倍増する!

感動的で面白い作品は、ただ観ているだけでも満足度は高いもの。そしてさらに、少し視点を変えてみると新たな事実や深い意味を読み取ることもできます。今回ご紹介した以外にも、ちょっとした「しぐさ」に何か意味が隠されているかもしれません。
ぜひもう一度、「しぐさ」に着目しながら『千と千尋の神隠し』を見直してみてください!

この記事を書いた人

やはり『千と千尋の神隠し』は深かった!作中の「しぐさ」に隠された謎と考察(エンタメライター)

シホ

ライター

愛知出身、在住。
大阪で6年間広告制作会社に勤務。ライターとしてライティング、取材、編集、進行管理、その他あらゆる雑用をこなす。2017年、帰郷してフリーランスに。お掃除やリフォームなどのライフスタイル、教育関係が得意分野。趣味はアニメ・漫画・映画・歴史・文学・民俗学、白黒写真をカラーにすること。

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