【新種発見】水中を「飛ぶ」ハチの発見から45年…魅入られた研究者の終わらない旅(昆虫ライター)

●海外の論文で、”アメンボタマゴクロバチ”という寄生蜂の存在を知る。
●日本にはいないと言われていたが、「必ずいる」と確信して研究と探索を開始。
●地道な探索の結果、寄生されたアメンボの卵を発見。
●生息地の目星がつき、ついに生体の発見・採取に成功。
●研究を進めていくなかで、新種も続々と見つかる。
●地道な調査は今後も続いていく。

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これは、私がアメンボの卵に寄生する”アメンボタマゴクロバチ”の研究にのめり込み、この小さな寄生蜂が日本にも分布していることをはじめて発見するまでの試行錯誤に満ちたチャレンジと、続々と続く新種発見の軌跡をお伝えするドキュメンタリーです。

私をこの世界に引き込んだ論文

1971年夏。四国の某大学昆虫学研究室に所属していた私は、なにか面白いことがないかと、研究室の図書室にこもってうちわを片手に手当たり次第に論文を読み飛ばしていました。その時、スタンドの灯りに浮かび上がった短い論文のタイトル(図1)にふっと目が留まりました。論文のタイトルは「驚くべき四種のヨーロッパ産卵寄生蜂について」。

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図1.私をこの世界に引き込んだ寄生蜂に関する論文

タイトル通り、昆虫の卵に寄生するヨーロッパ産の小さなハチに関する論文です。どんな「驚くべきハチ」なのかが気になり、私は論文を読み進めていきました。

アメンボタマゴクロバチとの出会い

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図2.体長はどの寄生蜂も1mm程度

論文のページをめくってみると、そこにはハチの細密画(図2)が描かれていました。やたらと触角が長いハチ、背中にくぼみがあるハチ、翅(はね)がやたらに細いハチなど……。いずれも奇妙で「驚くべき」形態のハチたちでした。では、残りの一種はどんな形態なのか。さらにページをめくるとそこに細密画はなく、ただ文章(図3)があるだけ。少しがっかりしました。

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図3.Tiphodytes gerriphagusに関する記述

論文を読み進めると、”Japan”という文字が目に飛び込んできます。はじめ「なんだ、日本にもいるのか」という印象をもちましたが、よくよく読むとどうやら日本では見つかっていないよう。

さらに読み進めると、4種目のハチはアメンボの卵に寄生すると書かれていました。その名前はTiphodytes gerriphagus(アメンボタマゴクロバチ)。フランスで発見され新種として記載されましたが、その後チェコスロバキア、ロシア、ハンガリーでも発見されています。さらに大西洋を超えてアメリカのミシガン州やカリフォルニア州でも発見されたと書かれています。

昆虫の場合、ヨーロッパとアメリカの両大陸で見つかった種類は日本でも見つかることが多いので、「きっと日本でも発見できるに違いない」と私は確信しました。そして何よりも、「その姿をぜひ見てみたい」という気持ちが強くなっていきました。

アメンボの卵探しからスタート

私が所属していた昆虫学研究室の教授は、ウンカやカメムシのグループの専門家でした。アメンボもカメムシの仲間ですから、まずアメンボタマゴクロバチのことを説明して、アメンボの産卵場所のことを質問しました。すると、ハチの話を喜んで聞いてくださり、仮説やアイディアをほめてもくださいましたが、産卵場所に関しては「はっきりと記録した文献はないね。君が調べてみなさい!」という一言でした。ここから、私の手探りの探索が始まります。

大学の近所の池に出掛けてさっそく観察を開始したのですが、交尾はいつでも見られるにもかかわらず、産卵らしい行動はまったく観察できません。しばらく観察を続けているうちにあることに気づきました。それは、アメンボは想像以上に神経質な昆虫だということでした。こちらが視界に入っただけで、アメンボは行動を変化させているようです。

そこでバードウォッチングの要領にならい、薮に身を隠して双眼鏡で観察することにしました。するとある日、水面に浮かんだ枯れ枝に体をぴったりと沿わせて、後ずさりしながらアメンボが水中に入っていきます。初めて目にする産卵らしい行動です。また、葉先が水面に浸かっているところでも、水に浮かんだ水生植物のそばでも、同じ行動が観察できました。

そして手近な枝先を引き寄せて確認すると、長さが1mm強の白い卵が並んでいました。初めて採集できたアメンボのこの卵は、産卵直後のものですから、当然ハチに寄生はされていません。それでも、アメンボの卵の変化を観ることができました。

産卵直後のアメンボの卵は白っぽく、透明な殻を通して小さな粒々がびっしり並んでいます。しばらくすると粒々はやや大きなカタマリにまとまりますが、そのうち確認できる構造は見られなくなります。そして、二つの赤い点が浮かび上がってきました。幼虫の複眼が殻を通して見えているのです。そして卵殻破砕器(らんかくはさいき)という、卵の殻を破るための特別な仕組みを使って卵の頭側を縦に切り裂いて幼虫がかえりました。

私がアメンボタマゴクロバチに一歩近づけた瞬間でした。

黒い模様がついた卵を発見

産卵場所さえわかれば、卵を集めることはそれほど難しくはありません。ウェダー(当時はみんなバ◯ナガと呼んでいましたが……)をはいて池に入り、浮かんでいる小枝や水草の根(図4)などを集めて研究室に持ち帰り、顕微鏡でアメンボの卵を一つひとつ確認しました。生み付けられたばかりの白い卵もあれば、赤い目がずらりと並んだ卵もありました。

また、縦に切れ目の入ったアメンボの幼虫がかえった卵殻もありました。そして、それらの中に丸い穴のあいた卵殻(図5)を見つけました。アメンボタマゴクロバチの仕業に違いありません。

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図4.水草の根に生み付けられたアメンボの卵

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図6.穴のあいた卵の殻

たくさん集めた卵の変化を継続観察していると、殻に黒っぽい帯のある卵(図6)が現れました。アメンボタマゴクロバチは、寄生した卵が黒く変色することからタマゴクロバチと名づけられたハチの仲間です。よってこの黒っぽい帯は、アメンボタマゴクロバチに寄生されている証拠に違いありません。また、別の卵の中にサナギ(図7/図8)が見つかりました。

そしてある朝、卵殻をかじって卵から抜けだそうとしているハチ(図9)を発見します。

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図6.孵化直前のアメンボの卵と黒帯のある卵

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図7.アメンボの卵殻の中で眼が色づいている     図8.サナギ

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図9.ハチは卵の殻を細長く切り取りながら穴を広げる

顕微鏡のレンズごしではありましたが、「アメンボタマゴクロバチに会いたい」という想いが成就した瞬間であり、「日本にもいるに違いない」という仮説が証明できた瞬間でもありました。

別の飼育水槽を見てみると、六本の脚を体の下に伸ばし、四枚の翅で力強く水中を飛ぶアメンボタマゴクロバチがいました。水の抵抗を受けずに水中で活動するために体の表面は鏡のようにツルツル、そして体長はたった1mmしかありませんが、あまりのカッコよさ(図10)に感動して、しばらくは動けませんでした。

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図10.アメンボタマゴクロバチ(Tiphodytes gerriphagus)

野外で成虫の探索を開始

アメンボタマゴクロバチの産卵場所は、同時に彼らの発生の場所でもあります。私は「野外で成虫の行動を観察したい」と考え、産卵場所を頼りに成虫を探しました。体長がたった1mmしかなくても、住んでいる場所がわかれば自然と目で捉えられるようにるものです。水面を歩いている成虫(図11)や、水辺の草の上を忙しく動きまわる成虫を観察できるようになりました。

また、何の手がかりのないところでも、水面に小さなアメンボがたくさんいる場所のそばに葉を浮かべると、アメンボタマゴクロバチが次々に葉に集まってくることもわかりました。

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図11.アメンボタマゴクロバチは水面も平気で歩ける

その結果、同じ池でたくさんのアメンボタマゴクロバチを研究材料として確保することができました。そして標本を詳しく観察してみると、触角や翅の形の違いから、どうも三種類いるように思えます。

しかし、当時の生態学における常識のひとつとして、生態的地位が同じ生物は同じ場所で生きることはできないという「ガウゼの法則」が幅をきかせていました。

そこで飼育実験をしたところ、アメンボタマゴクロバチからはアメンボタマゴクロバチが、新種1(図12)からは新種1が、新種2(図13)からは新種2が羽化したことから、同じ池にTiphodytes属の三種類のハチが同居していることがわかりました。

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図12.新種1           図13.新種2

”yellow pan trap”で捕獲される新種たち

タマゴクロバチを含めたハチやハエ、アブ、アブラムシなどの飛翔性の小型昆虫には、黄色いものに引きつけられるという性質があります。それを利用して黄色の皿に水をはって界面活性剤を一滴垂らしておくと、引き寄せられた小昆虫を一網打尽にできます。
この”yellow pan trap”(図14)というこの仕掛けをあちこちに設置してみたところ、狙い通りTiphodytes属が採集できました。

次々と見つかる新種たち(図15、図16、図17)を見ていると、自然の奥深さに驚嘆するとともに、自分自身のしつこさにニヤリとしてしまいます。

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図14.黄色い皿の中に虫たちは導かれる            図15.新種3

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図16.新種4(2015年に発見)      図17.新種5(2015年に発見)

探索の旅はまだまだ続く

「新種」と聞くと珍しいものと思われるかもしれませんが、実はあなたのすぐそばにも新種はたくさんいます。昆虫の種類数はすでに100万種を超えていると言われていますが、多くの昆虫学者は「未発見の昆虫を含めるとその数は500万種、1000万種にもなる」という見解を示しています。つまり、あなたの身のまわりには、新種の昆虫がまだ少なくとも45%、場合によっては90%も残されているのです。

アメンボタマゴクロバチの仲間に魅せられて、これまで私は地味な調査を続けてきました。今後も、これまでと同様に地道な調査を続けていくことでしょう。

参考文献

Four remarkable egg parasites in Europe, Act. Ent. Bohemoslovaca, L. Masner et M. Kozlov, 1965, 62-4, pp.287-293,
インセクタリウム(東京動物園協会) 小さな小さなスキンダイバー, 伊藤研, 1980, vol.17, pp.12-14.
日本産幼虫図鑑, 学習研究社, 2005, p.269, 282
http://osuc.biosci.ohio-state.edu/hymDB/eol_scelionidae.content_page?page_level=3&page_id=taxon_page_data&page_version=571

この記事を書いた人

【新種発見】水中を「飛ぶ」ハチの発見から45年…魅入られた研究者の終わらない旅(昆虫ライター)

伊藤 研

ライター/日本動物科学研究所(今泉忠明所長)昆虫研究部長

映像作家として自然系映像や医学系映像の脚本・演出を担当。また、博物館、博物館相当施設の展示物の設計・演出などを手がけた経験も有する。
出版系では、雑誌の構成(デアゴスティーニ「世界の昆虫データブック」など)や図鑑の執筆などを担当。
得意とするジャンルは、昆虫を含む小動物や環境、進化。趣味は昆虫の研究と料理。

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