社会問題は「自分ごと」。法律素人の私が冤罪の支援をする切実な理由

●日本における社会問題のひとつに、無実の人がやっていない事件の犯人とされる「冤罪(えんざい)」がある。
●筆者はボランティアとして10年、冤罪の支援に関わってきた。
●支援の目的は、無実を訴える人が裁判で「無罪」を勝ち取ること。
●活動内容は学習会、フィールドワーク、刑務所や拘置所への面会、宣伝など。
●活動の一例として、最高裁判所への要請を紹介する。
●裁判に勝つためには当事者、弁護士と支援者のチームワークが大切。
●冤罪に限らず「普通の人」が声を上げることが、社会を変える第一歩になる。

「冤罪(えんざい)」とは、無実の人が誤った捜査や裁判によって“犯人”にされてしまうことをいいます。映画やテレビなどで題材にされることも多く、痴漢冤罪を描いた『それでもボクはやってない』(周防正行監督)、シーズンⅡまで続いた『99.9-刑事専門弁護士-』(TBSテレビ)、再現ドラマを交えたドキュメンタリー『逆転人生』(NHK)など、冤罪をテーマにした作品をご覧になった方も多いと思います。

一般的に、“冤罪の支援”は「暗い」「難しそう」といったイメージを持たれがちです。筆者はボランティアで支援に関わって10年になりますが「なぜ、そんなことをやっているの?」と、周りの人々になかなか理解されません。そこで自身の経験をもとに、「支援とは何をするのか」「法律の専門家でない筆者が関わる理由」という2つのポイントから“冤罪支援の本当のところ”を紹介します。

冤罪支援でやっている4つのこと

現在日本にどのくらい冤罪があるのかは、はっきりとしたデータがありません。2020年8月時点では、日弁連(日本弁護士連合会)が冤罪と認めて支援している事件だけで12件。しかし、これは氷山の一角といわれています。

また、冤罪の支援は「アムネスティ・インターナショナル」や「日本国民救援会」などのNGOでも行われています。筆者は、そのうちのひとつ「日本国民救援会」で活動を始めてから10年になります。この団体は、1928(昭和3)年に結成された人権団体です。以下で、無実を訴える人が裁判で無罪を勝ち取るために行っている、主な4つの活動についてお伝えしていきます。

【1】事件を学ぶ

弁護士を招いての学習会や、事件の現場を訪ねるフィールドワークを行います。目と耳、体験を通して学ぶことで「こんな方法で犯行ができるわけない」と、捜査や裁判の矛盾点に気付かされることも少なくありません。

【2】当事者を励ます

無実を訴える当事者を励ますため、刑務所や拘置所に面会へ行くのも大切な活動のひとつです。これらの施設に収監されている人はメールもSNSも使えず、塀の外の世界と思うように交流できません。そのため、面会は当事者と支援者が直接コミュニケーションを取れる貴重な機会となります

【3】真実を広げる

『それでもボクはやってない』には街頭で「目撃者を探しています」と書かれたビラを配るシーンが出てきました。こうした活動は、真実を広げ、「この人を無罪に」という世論を盛り上げることが目的です。その際には、裁判所に提出する署名も集めます。

【4】世論を届ける

裁判所を訪ねて公正な裁判を行うよう要請し、署名を提出します。「署名を届ける」ことは、言い換えれば「世論を届ける」ことです。集めた署名は、積み上げると高さ数十センチになることもあります。たくさんの署名が集まるほど、それだけ世論が盛り上がっている証となるのです。

最高裁要請に参加してわかった“最高裁の素顔”

続いては、活動の具体的なイメージを持っていただけるよう、最高裁判所(最高裁)要請について紹介しましょう。

日本では「三審制」といって、1つの事件で3回まで裁判を受けられます。地方裁判所(全国50カ所)、高等裁判所(全国8カ所)で無罪を勝ち取れなかった事件が、最後の望みをかけて闘うのが最高裁です。よく最高裁は「人権を守る最後の砦」と呼ばれます。しかし、20回近く要請に通った筆者は、正直なところ「難攻不落の砦」といった印象を持っています。

最高裁の所在地は、千代田区隼町。国会議事堂がある永田町と皇居の間にそびえ立つ、要塞のような建物です。最高裁には15人の裁判官がいますが、対応してくれるのは事務職員の方です。事務職員は、20人も入ればいっぱいになる部屋で要請に耳を傾けながらメモを書き、署名を受け取ります。

また、裁判所内での録音や撮影はNGです。裁判の進捗状況がなかなか見えず、要請した翌日に「棄却(無実の訴えを退ける)」の知らせが届いたこともありました。最高裁は、まるでブラックボックスのようです。

先輩方が教えてくれた2つの成功事例

一生懸命に支援しても、無罪を勝ち取れるとは限りません。時折、自分たちのやっていることに意味はあるのか、わからなくなるときもあります。しかし、支援活動の先輩方が「我々が行動しなければ無罪を勝ち取れないのも事実だ」と、2つの成功事例を教えてくれました。

【1】「松川事件」
1949(昭和24)年、福島県で起きた列車脱線転覆事件。レールを外して事故を起こしたとして国鉄の組合員ら20人が逮捕され、うち5人が死刑判決に。有罪にされた20人を救おうと全国に1,300もの「守る会(支援組織)」が結成され、1963(昭和38)年、全員が無罪を勝ち取りました。この間に井伏鱒二、川端康成、志賀直哉、広津和郎、吉川英治ら8人の文豪が、連名で「裁判の公正を」という要請文を提出。この事件を題材に、宇津井健、宇野重吉らの出演で映画『松川事件』が作られました。

松川事件は半世紀以上前の出来事ですが、当時を知る先輩方は「松川で闘った教訓を次世代に伝えよう」と口をそろえます。

【2】「布川(ふかわ)事件」
1967(昭和42)年、茨城県で起きた強盗殺人事件。桜井昌司(さくらいしょうじ)さん、杉山卓男(すぎやまたかお)さんの2人が「犯人」とされ、1978(昭和53)年、無期懲役に。その後2人は仮釈放され、再審(裁判のやり直し)を請求。2011(平成23)年に、無罪を勝ち取りました。

2人は刑務所から無実を訴える手紙を1万通以上書き、支援の環は全国へと広がっていきます。支援者と弁護士の結束は固く、どうすれば無罪になるのかを真剣に話し合ったり、犯行の再現実験を行ったり、とにかく活発に活動したといいます。この闘いの様子は『ショージとタカオ』というドキュメンタリー映画にもなりました。

これら2つの事件では、当事者と弁護士が頑張ったのはもちろんですが、支援者も大きな役割を果たしました。両方の支援に関わった先輩が口にしたこの一言が、筆者の心に強く残っています。

無実を訴える当事者・法律のプロとして法廷内で闘う弁護士・法廷外で闘う支援者が、目標に向かって力を合わせることが大切だ。

例えば、コンサートを成功させるにはアーティスト(当事者)とバックバンド(弁護士)だけでなく、チケット販売、会場設営、警備など、さまざまな方々の力が必要です。それでいえば、冤罪の支援者はスタッフのような役割を担っているのかもしれません。

冤罪は「自分ごと」というモチベーションが誰かを守る

冤罪は他人事でなく「自分ごと」。筆者が支援を続ける一番のモチベーションは、ここにあります。これまで出会った当事者のほとんどは、会社員や教師といった「普通の人」でした。難しそうなイメージがある法律の世界ですが、実は私たちの暮らしとつながっていて、いつ自分が「当事者」にされてしまうかわからないのです。

冤罪に限らず、いろいろな社会問題でも同じことが言えるのではないでしょうか。2015年には安全保障関連法案と特定秘密保護法に反対するため、たくさんの人がデモに繰り出しました。また、2020年5月の検察庁法改正案のときには抗議のツイートが900万を超えました。これらに参加した皆さんは、どこかで「自分ごと」と感じて行動したのだと思います。
法律の専門家である・なしに関係なく「これ、おかしい!?」と思ったら声を上げることが、自分や大切な誰かを守る一歩になるでしょう。

この記事を書いた人

社会問題は「自分ごと」。法律素人の私が冤罪の支援をする切実な理由

長濱慎(ながはま しん)

ライター

都市ガス業界のPR誌で約10年、オピニオンリーダー(大学やシンクタンクの研究者、官僚など)のインタビュー、各地の省エネや街づくりのプロジェクトを取材してきました。
引き続き、エネルギー・環境、モノづくり、暮らしと人権など、持続可能な未来を目指す皆さまの取り組みや想いを伝えていきたいです。また新たなジャンルとして、医療ライターの勉強中です。
東京都在住ですが、全国どこにでも伺います。

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