歴史とグルーヴを体感せよ!フラメンコを「バンド」として楽しむための手引

●インドからスペインにやってきたジプシーが、アンダルシア地方の文化をとり入れてフラメンコが完成した。
●ジプシーの過酷なくらしから生まれた歌が、フラメンコの源である。
●複雑なリズムがフラメンコの魅力であり、最大の特徴である。
●歌、ギター、踊りがパーカッションにもなり、指揮もする。「リズムさえ守れば、なにをやってもいい自由」がスリリングな即興演奏を可能にする。
●映像作品やライブで、フラメンコに触れれば、その圧倒的なかっこよさを体感することができる。

フリフリ衣装を着た女性がバラを口に加えて情熱的に踊るダンス……多くの方がフラメンコに対してこのようなイメージを抱くことだろう。もちろん舞踊もフラメンコの大切な要素であるし、イメージの通りフリフリの衣装も着る。だが、バラはくわえない。

フラメンコは「歌」である。歌やギターは踊りのための単なるBGMではない。歌・ギター・踊りの3つがリズムという共通言語で会話し、即興性に富んだ演奏を繰り広げる。
あるときわたしは、フラメンコは伝統芸能でもダンスでもなく、いま目の前で起きている生々しいバンド演奏なのだと気づいた。フラメンコはもっとおもしろがられていいはずだ。ポピュラーミュージックを楽しむように。

当記事では、フラメンコ専門誌編集者時代を含めかれこれ20年ほどフラメンコとつきあってきた筆者が、より多くの方に興味を持っていただくための、偏りと独断に満ちたフラメンコのイントロダクションをお届けする。

フラメンコははじめに歌がある

ジプシーの旅路とフラメンコの成り立ち

フラメンコは、ジプシーとアンダルシアの融合である。ジプシーたちは、インドからユーラシア大陸を西へと進み、バルカン半島を経て各地に分布した。近年ではロマという呼称が一般的となったが、起源や歴史についてはまだまだ解明されておらず、ロマ/ジプシーの定義も難しい。彼らは馬車に乗り一族で移動し、馬のブローカー、鋳物やかご細工、占いなどで生計を立てていた。芸能に秀で、それぞれの土地で「ウケのいい」音楽を奏で人々を魅了してきた。

ヨーロッパの終着点、スペイン南部のアンダルシア地方は、アフリカとヨーロッパの境界であり、キリスト教とイスラム教両者の支配を受けていた土地である。スペインに定住したジプシーが、アラブの影響を受けたアンダルシア文化をとり入れ、15~16世紀ごろにフラメンコが成立。19世紀後半には歌・ギター・踊りが一体となり、フラメンコは芸能として完成した。

過酷な毎日を生き抜くために―ブルースとフラメンコ

ヨーロッパにおけるジプシーの暮らしは差別・迫害とともにあった。マイノリティである彼らは、14~19世紀は奴隷、19世紀以降は差別の対象であった。ナチス・ドイツによるジプシー大虐殺は差別・迫害の最たるものといえる。

『ライトニング・イン・ア・ボトル ラジオシティ・ミュージックホール 奇蹟の夜』という映画がある。2003年2月7日に開催されたブルース生誕100年記念コンサートの模様を収めたマーティン・スコセッシ監督作で、豪華ミュージシャンの競演とともに、ブルースの歴史を豊富なアーカイブ映像で見せる。

奴隷として過酷な労働を強いられる日常を嘆き、慰めるべく生まれたブルース。そこにフラメンコの誕生を見た(のは、わたしだけかもしれないが、見たものはしょうがない)。ブルースもフラメンコも言葉、歌からはじまった。

草創期のブルースの歌詞は、日々のグチを繰り返す、歌うより語りに近いものだったようだ。フラメンコでも「おかしを運んでいたら転んじゃった!」なんて、どうでもいいようなことを切なげに歌い上げていたりする。

一方で、血を吐くような絶叫がフラメンコから聴こえてくることもある。

 おれは月にお願いする
 高い空の月に。
 おれのおやじを
 出してやってくださいと願う、
 いま捕らえられている所から

 

(月刊パセオフラメンコ2008年5月号より/訳:高場将美)

フラメンコの音楽要素

12拍子ってなに?フラメンコのリズム

フラメンコのおもしろさは、なんといってもリズムにある。フラメンコのリズム・パターンは「コンパス」というカタマリで表される。

3拍子系:1コンパス=6拍
2拍子系:1コンパス=8拍
12拍子系:1コンパス=12拍

このうちもっともフラメンコらしいのは12拍子であろう。……12拍!?なじみがなく難解なリズムだが、3拍子と2拍子の組み合せと思っていただくとわかりやすい。

アクセントが独特のうねりを生み出す(<がアクセント)。

リズムの源は歌の節回しであり、前半と後半が対となってリズムが折り返す感覚を持っている。同様に折り返し地点を持つインドのリズム、アラブ・トルコ、東欧の複雑な変拍子など、ほかのロマ音楽との共通点をうかがわせる。

曲種の成分は「リズム」と「和音」

フラメンコは曲種ごとに決まったコンパスを持っている。クラシック音楽でいえば「3拍子=ワルツ」だが、フラメンコには12拍子でも何十もの種類があり、和音、速度の組み合わせによって曲種が構成されている。

三位一体でつくりだすグルーヴ

「歌・ギター・踊り」全員がパーカッショニストでコンダクター

フラメンコは、歌、ギター、踊りの三者で演じられる場合、曲のパートによって主従が変容する。ギターがメロディを奏で引っ張る部分もあれば、踊り手の足技を披露するパートではギターが踊りについていく。三者がそれぞれ「リズム楽器」を演奏しながら指揮者となり、曲調や速度を操り、文字通り呼吸を合わせてグルーヴを生み出す。足音という楽器を踊り手が持っているからこそ可能な、稀有なアンサンブルであるといえる。

フラメンコには決まった歌詞や振り付けがない

たとえば歌舞伎舞踊の「娘道成寺」には固有の歌詞や振り付けがある。一方で、フラメンコには曲種ごとにふさわしい構成やパターンはあるが「この曲にはこの歌詞、この振り付け」という決まりはない。12拍子で歌われる歌を2拍子に乗せたり、思いつきの歌詞を歌ったり、ということがふつうに起こる。

コンパスという厳格なルールのなかにある底抜けの自由

演奏者の役割も変われば、決まった歌詞や振りもない。フラメンコってなにやってもいいんだ!……というわけではもちろんなく。絶対に守るべきルールも存在する。それはコンパスだ。
コンパスを共有し、その内に「いさえすれば」いい。コンパスのなかで、歌もギターも踊りも自由を謳歌する。次の瞬間になにが起こるかは誰にもわからない。真のフラメンコは、ジャズの即興演奏も凌駕する最高にスリリングなバンドサウンドだ。

フラメンコのグルーヴを感じたいなら

映像作品で触れてみる

百聞は一見に如かず。フラメンコに興味を持ったら、まずは手軽に触れることができる映像作品をご覧いただきたい。

『ジプシー・キャラバン』

スペイン、ルーマニア、マケドニア、インドの5バンドが北米の都市で行った「ジプシー・キャラバン・ツアー」のドキュメンタリー。

『ベンゴ』

ジプシーであるトニー・ガトリフ監督が、アンダルシアを舞台に復讐劇を描く。主演は現代を代表する舞踊家・アントニオ・カナーレス。フラメンコ音楽映画としても見ごたえ充分。

『イベリア魂のフラメンコ』

数々のフラメンコ映画を世に送り出してきたカルロス・サウラ監督作品。多様なフラメンコの世界を堪能できる。サラ・バラスの美しい足音は一聴の価値あり。

ライブに行ってみる

映像で物足りなくなったら、いよいよライブだ。飲食しながらフラメンコが観られるお店・タブラオを強く強くお勧めする。踊り手の汗が飛んでくるかぶりつきの席で、度肝を抜かれてしまってほしい。

タブラオ・フラメンコ「ガルロチ」(東京・新宿)

タブラオ初体験ならここ!老舗タブラオ「新宿エル・フラメンコ」の跡を継ぎ2016年にオープンした。スペインから第一線で活躍するアーティストを招き、毎晩ショーを行っている。

【参考】タブラオ・フラメンコ・ガルロチ Tablao flamenco Garlochi

とにかく「かっこいい」生のフラメンコ

とにかく、生で体感してほしい。そうしたら、フラメンコがどんなにかっこいいかわかっていただけるはずだ。こんなにクドクドと説明を重ねておきながら恐縮だが、結局そこに尽きる。

YoutubeでもCDでも、なんでもいい。本物に触れていただきたい。フリフリとか真っ赤なバラとか、そういうイメージは吹き飛んでしまうだろう。ギター・キッズや音楽フェスフリークがこぶしを突き上げてフラメンコライブに熱狂する。そんな日が来ることを願ってやまない。

この記事を書いた人

歴史とグルーヴを体感せよ!フラメンコを「バンド」として楽しむための手引

塩川千尋

編集者・ライター

神奈川県横浜市出身、東京都在住。
10年にわたりプロダクション、出版社などで雑誌、Web編集者として勤務。現在SNATCHという劇団に所属し、役者兼制作として活動している。興味の範囲は広く少々深く。取材も大好物。

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