日本の伝統楽器でありながら、和太鼓のような派手さもなく、箏のような優雅さもなく、少々影の薄い三味線。弦楽器というイメージが強いため、箏と同じジャンルとして括られることも多々ありますが、実は箏とは大きく違った構造をしているのです。では、三味線とはどのような楽器なのでしょうか。
当記事では、14歳で三味線の世界に入り、20代のほとんどを”三味線の師匠”として過ごした筆者が、450年の歴史を持つ三味線の世界について詳しくご紹介します。
三味線のルーツは中国にある
日本の伝統楽器である三味線ですが、そのルーツは中国(明王朝)にあります。当時の明王朝には三絃(サンシェン)という楽器があり、こちらが貿易によって沖縄(当時の琉球王朝)に渡りました。その後、三絃が沖縄の風土に合わせて改良され、現在でもおなじみの「三線」となっていきます。
そして三線は、当時貿易港として最も栄えていた堺(大阪)へ渡ります。時代は室町時代末期、歴史上の出来事としては「桶狭間の戦い」が有名です。
三線は日本でもきっと流行するだろうと、改良を加えたのが琵琶法師でした。三線の唯一の問題はその「皮」にあったのです。
皆さんもご存知の通り、三線は蛇の皮で作られています。ニシキヘビの皮が主に使われていたそうですが、いずれにせよ大きな面積を要しますので、小柄な蛇では皮が足りません。温帯である日本本土では大柄な蛇が生息しておらず、三線を作ることは不可能であったと言われています。
「和太鼓で使われる牛の皮では厚すぎる、丁度良い厚さのものはないか?」と、そのときに考案されたアイデアが「犬や猫の皮を張る」というものでした。また、演奏方法も琵琶の演奏技法を取り入れ、撥を使って弾くように変化させていきます。それに合わせて名称も「三味線」に変化し、瞬く間に全国的に広がりを見せました。三味線が今の形になるまでに、当時様々な試行錯誤があったのですね。
主な素材は「犬や猫の皮」「木材」「絹」
三味線と言えば猫の皮――。これを簡単にイメージできる方は年々と少なくなってきました。三味線の「胴」と呼ばれる太鼓部分は、猫や犬の皮でできています。現代ではプラスティックなどを使った合成皮なども使用されているようですが、音色はやはり動物の皮には敵いません。
犬の皮と猫の皮は、用途やグレードによって使い分けられています。まず、津軽三味線には必ず犬の皮を使います。津軽三味線は胴部分を撥で激しく打ちながら演奏するため、耐久性の優れた犬の皮が適材であるためです。
一方で猫の皮は、長唄や常磐津などの劇場音楽に使用される三味線に多く使われます。音の響きを重視するため、柔らかく薄い猫の皮が適しているためです。しかし、猫の皮は犬の皮に比べて耐久性に劣り、値段も高価です。よって、練習用として犬の皮を張るケースも多くあります。
続いては、ギターのネックの部分にあたる「棹」と呼ばれる部分の素材を見てみましょう。こちらは、樫や花梨、黒檀、紅木などの木材で作られています。これも用途とグレードによって使用する木材が変わります。
お稽古用には樫や花梨などといった白っぽい木材、本番用には黒檀、高級なものになると紅木などが使われ、それぞれ重みや手触りが全く違ってきます。現在は黒檀と紅木はほとんど輸入品に頼るようになり、主にインドやスリランカから輸入しているそうです。
最後に、三味線を奏でるために必要な弦の素材について見てみましょう。こちらは「糸」と呼ばれて、絹でできています。お稽古用にはナイロンやテトロンの糸を使ったりもしますが、こちらの見た目はまるで釣り糸のようです。長持ちしますが、音色は絹糸に劣ります。また、三味線の絹糸は全て黄色く色が付いており、昔はくちなしの実、現在はウコンを使って着色されています。
構造は弦楽器よりも打楽器に近い
三味線の構造で最も特徴的な部分は、胴です。木材でできた木枠に、犬もしくは猫の皮が薄く張られています。これは、言うなれば和太鼓と同じ構造です。また、和太鼓との共通点は演奏する際に用いる撥の名称にもあります。和太鼓を打つものバチならば、三味線を打つのも撥(ばち)なのです。
三味線はよく箏と同じ「弦楽器」と認識されているようですが、少し違います。正しくは「弦楽器の要素も持った打楽器」であり、棹の部分を弦楽器、胴の部分を打楽器とイメージしてみるとわかりやすいでしょう。
三味線の音の特徴は、その響きにあります。演奏するときは、糸を撥で弾くのではなく、糸を撥で胴皮に叩きつけて音を出します。津軽三味線などではその演奏方法が顕著に見られ、胴皮部分を撥が縦横無尽に動き、糸を打ち付ける様子が見て取れます。
津軽三味線以外の三味線は撥が皮に当たる部分が一定ですので、あまり打ち付けているように見えないかもしれませんが、よく見ると撥で糸を打ち付けています。このように、三味線の音のメインは、打楽器部分である胴から奏でられています。同時に、棹の部分は弦楽器の要素も持っていますので、糸を指で擦ったり、糸を弾いたりする演奏技法を見ることができます。
胴の部分では糸を叩き、棹の部分では糸を弾く……二種類の異なる糸の奏で方で作られるのが三味線の音色の特徴です。
三味線の音は「寄席」「歌舞伎」「お祭り」などで聴ける
一昔前までは「どこの町にも一人は三味線の師匠がいる」と言われていました。今で言うピアノの先生のようなものでしょうか。しかし現代では、三味線を聞いたり弾いたりする機会は失われつつあります。では、三味線はどこで聴けるのでしょうか。
三味線が最も栄えた江戸時代では、劇場音楽として庶民に親しまれていました。それは今も変わらず、歌舞伎や文楽では三味線の音を聞くことができます。また、三味線とは一見関係なさそうに見える寄席でも、三味線の演奏はつきものです。出囃子と呼ばれ、噺家が出てくるまでの間は三味線が演奏されていますし、演目によっては合間に三味線の演奏が入ります。
また、もっと身近なところでは、お祭りやイベントでも三味線の音色を耳にすることができるでしょう。有名なところでは、徳島の阿波踊りが挙げられます。三味線隊の奏でる音色に、鉦や笛の音色が重なる様は、さながら和製オーケストラといったところです。イベントでは近年の津軽三味線ブームもあり、派手な演奏やおなじみのポップスを演奏で楽しませてくれます。また、どこの県にも一曲はなじみの民謡があり、それらを三味線で奏でる同好会も多く存在しています。
今も色褪せない三味線の魅力
中国から渡来し、日本の風土に合わせ変化してきた三味線は、その独特な構造から様々な楽曲を生み出してきました。人の集まるところに三味線の響きあり……現代では耳にすることも少なくもなりましたが、残るところにはしっかりと残っています。
ふと生活のどこかで三味線を耳にしたときは、ぜひその音色と音の響きにも耳を傾けてみてくださいね。