【実録】世界一チケット入手が難しい「バイロイト音楽祭」に行くまでの長〜い道のり(クラシックライター)

●天才作曲家ワーグナーが、自分の音楽だけを演奏するために「バイロイト祝祭劇場」を造った。
●バイロイト祝祭劇場は、年に一度夏の間だけワーグナーの楽劇を上演する。
●チケットは、入手までに最低7年〜10年かかると言われている。
●劇場は音響効果が優先で、聴衆に苦痛を強いる場所である。
●世界最高峰の音楽家たちが集められ、ワーグナーの音楽を堪能することができる。

数あるクラシック音楽祭の中でも、最もチケット入手が困難と言われる「バイロイト音楽祭」。そのチケットは、10年待たなければ入手できないという噂さえあります。著者である私は半ば諦めつつも、応募開始から6年後にようやく念願のチケットを入手しました。

ホテルの手配や、バイロイトに行くまでの不便な交通機関など、さまざまな制約に悩まされながらも、なんとかバイロイト祝祭劇場に到着。そこで待っていたのは、世界最高峰の音楽と、劇場自体が聴衆に苦行を強いるという前代未聞の空間だったのです。

バイロイト音楽祭とは

「楽劇王」としても知られるドイツの天才作曲家リヒャルト・ワーグナー(1813年〜1883年)が、自分の音楽を理想の音響空間で表現するべく、1876年に建築されたバイロイト祝祭劇場。ワーグナーの楽劇のみを上演する劇場として、年に一度夏に音楽祭が開催されます。これが「バイロイト音楽祭」です。
一生に一度でいいからバイロイト音楽祭を見に行く――。これがワグネリアン(ワーグナー信者)たちの夢なのです。

チケット入手までの道のり

事務局宛にお便りを送り続ける日々

初めての申し込みをする場合は、バイロイト祝祭劇場事務局宛に「これから毎年バイロイト音楽祭の抽選に申し込みます」という旨のお便りを送るところからはじまります。こちらは簡単な英語でOKでした。夏過ぎごろに、来年度の音楽祭の申込書が届きます。こちらに演目、日にち、座種(第二希望まで)を記し、締め切り日必着で返送しました。
(2016年現在ではIDとパスワードが割り当てられているので、インターネットでの申し込みも可能になっています。)

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申し込みの結果は、年明けころになると当選者にだけ連絡が行きます。外れた人は、何の返事もなく放置されるのです。きちんと申し込めたのかどうか不安なまま時だけが過ぎ、夏の終わりごろに翌年の申込書が到着します。必要事項を書き込んで送り返すことを繰り返しました。

チケット当選の通知は唐突に

初めて応募がら数年が経ち、6回目の応募の時期に突入します。あと何年かかるのだろう――。そんなことを考えつつ、当選したときのことを考えながら演目や座種を選んでいました。

そして2015年の年明け、1月2日に初詣へ。そのお寺は、凶のおみくじがたくさん出ることで有名でした。ところが、引いたおみくじはなんと大吉。なにかいいことがありそうです。
初詣から数日が経ったある日。ポストをあけると、そこには海外からの郵便物が入っていました。”バイロイト”の文字が記されていることに気付きます。震える手で郵便物をあける私。二公演分のチケット購入権当選の通知ではありませんか!!

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こうして、ついにバイロイト音楽祭への道がひらかれたのです。ちなみに、文書にあった日付は、お寺で大吉を引いた2015年1月2日でした。

当選通知がきたら大忙し

チケット購入権当選を獲得したら、まずはチケット代をすぐに入金しなければなりません。入金方法は、ドイツの指定銀行への送金か、クレジットカード決済とのこと。送金はやったことがないし、クレジットカードの決済手続きをどこで行うのかもわからず……。Webページ内を探すのにとても時間がかかりました。
当選したのは、グレードの高い座席。当時のユーロは140円台でしたので、年明け早々結構な出費です。休みが取れるかどうかわからないまま、ホテル予約もしなければなりません。このようにして、当選通知が来てからは毎日大忙しでした。

いざ!バイロイト音楽祭へ

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音楽祭のドレスコード

クラシックの有名な音楽祭はセレブが集う場所でもあり、やはり正装が基本です。とはいえ、細かい指定があるわけではありません。日本人ならば和装、という手もあります。
迷った末、ピアノの発表会で一度だけ着た「お姫様ドレス」にしました。オレンジゴールド色肩空きで、ボリュームのあるドレスです。

ドイツ・バイロイト市内の特徴

ドイツ国内は8月になると鉄道の工事をするところが多いらしく……中継駅のニュルンベルクからバイロイトまで、スムーズに鉄道がつながっていなかったのです。途中までバスに乗り、そこから鉄道に乗り換えました。世界各国からお客さんが来るというのに、ちょっと不便です。

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バイロイト駅前にあるバイリッシャーホフというホテルは、劇場まで歩いても15分と、非常に便利でした。小さな田舎町で、お店の店員はたいがい親切でフレンドリーです。
市街にはワーグナー博物館やワーグナーの滞在した別荘、ワーグナー夫妻の墓地など、ワーグナーに関する名所が数多くありました。ワグネリアンならば一度は訪ねたいところばかりです。

暑くて座りづらい祝祭劇場

バイロイト祝祭劇場は、音響効果を最高に保つため、冷房装置が設置されていません。そして、開始時間になると外からかんぬきのようなカギをかけられ、外出が禁止されます。超満員の室内温度は急上昇。この日は雨だったので、まだ涼しいほうでした。まさに、恵みの雨です。

座席は、どこからでも見やすいよう急斜面上に設置されています。しかし、この椅子がとても座りにくいのです。身長172センチの私でも、背中をつけて深く座ったら足がつきません。結果、浅く座りつつ前のめりの状態で聴くことになります。
さらに、椅子の座面は二つ折りの薄くて堅い板で、カーペットのようなものが張り付いているだけでした。クッションは持ち込み必須のアイテムであると言えるでしょう。
(2016年現在では、テロ対策のため、持ち込みクッションが禁止されたようです。)

ワーグナーの演目は非常に長いため、途中で寝てしまう人もいるようです。居眠りを防止するためのワーグナーの工夫のひとつが、この座りにくい椅子と言われています。実際に上演の後半では、お尻が痛すぎて居眠りどころではありませんでした。
ちなみに、舞台上のオーケストラピットは天蓋に覆われており、演奏中は指揮者すら見えません。これも、舞台に集中してもらうためのワーグナーの工夫だと言えます。

ここでしか味わえない超一流の演目

ついにバイロイト音楽祭の幕が上がりました。これだけでもう胸いっぱいなのですが、やはり舞台はここでしか味わうことのできない最上のものでした。演出の奇抜さによって話題となったオペラ『ローエングリン』。主人公ローエングリンを演じたクラウス・フロリアン・フォークトは、現代最高のワーグナー歌手のひとりです。美声もさることながら、張りのある強い歌声で、輝く美しい王子を演じました。クラシック界超一流の歌手、合唱、オーケストラの凄まじい演奏を聴くことができるのも、この音楽祭の魅力なのです。

演目の途中は、休憩が2度、それぞれ1時間ずつありました。休憩中は、全員がホールから出なければなりません。その間セレブな方々は、併設されているシャンデリアつき高級レストランでお食事を楽しんでいます。大きなフードコートのようなところもあり、そこでは今回の演出について語り合うドイツ人たちもいます。

休憩を終えて席に戻ると、右隣に座っていた男性に声をかけられました。「あなたのそのドレスはパーフェクトだ!美しい!」(たぶん)と言ってくれているようで、「どうもありがとう」と答えたら、「それはジャパニーズスタイルなの?」と聞かれたのです。一瞬言っていることがよくわからなかったので、「Not Kimono」などと答えたのですが、何度も聞いてきます。妹がドイツ語で説明してくれたのですが、どうも私のドレスをどこかの国の民族衣装と間違えていたみたいです。

終演後は、今まで体験したことのない割れんばかりの歓声が会場を包みました。観客の拍手と足踏みで、木造の劇場全体が地鳴りとともに揺れていました。

音楽祭を終えて

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コンサートの感動といものは花火と同じで、瞬時にして消え去り、その印象も時間が経つにつれて薄れていきます。一方でバイロイト音楽祭の場合は、その場に行くまでの苦労がある分、人生節目の大イベントになり、生涯忘れることのない経験となりました。

ここ3年ほどでバイロイト音楽祭のシステムは急速に変化し、これまでよりもチケットを取得しやすくなりました。運が良ければ、売れ残ったチケットをインターネットで入手できるかもしれません。

音楽祭を終えて、改めて私はこう思いました。達成感というものは、やはり幾多のハードルがあってこそのものなのだ、と。

この記事を書いた人

【実録】世界一チケット入手が難しい「バイロイト音楽祭」に行くまでの長〜い道のり(クラシックライター)

小林湖子(こばやし ここ)

ライター

クラシック音楽からロック音楽まで幅広いジャンルの音楽鑑賞を趣味とし、国内だけでなく、海外の演奏会に通う。
ウィーン、ザルツブルク、バイロイトで実演の感動を味わってきた。ワーグナー、ブルックナー等、後期ロマン派の作曲家を好んで聴く。
また、二十年以上に渡り、塾・私立学校の教育業界にて教壇に立ち、さまざまなタイプの生徒たちへの進路指導を行ってきた。

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