皆さんは“80年代のホラー映画”と聞くと、どのような作品を連想しますか?例えば『エイリアン』『遊星からの物体X』など、とにかくヌメヌメした生き物が最初から最後まで襲いかかってきて「グロい!」というイメージを持つ方が多いのではないでしょうか。この辺りの映画をうっかり子供の頃に観てしまい、トラウマになっている方も少なくないと思います。
しかしながら、80年代ホラーの怪物たちには、若干のチープさはあれど、近年のSFホラーの異星人などと一線を介する奥深い魅力があるのです。
映画を中学時代から1日に1本は必ず観ているほどの映画好きである筆者ですが、これまでの人生で最も強烈なシンパシーを感じているのは、紛れもなく「80年代のホラー映画に登場する怪物たち」です。本記事では、彼らの行動に見られる“苦悩”について解説し、読後に皆さんが80年代ホラーを何倍も面白く観ることができるように語り尽くしていきます!
80年代ホラー映画は怪物に心を与えているから面白い
80年代のホラー映画には、「カルトの金字塔」や「ホラーの傑作」と評される作品が数多くあります。もちろん、地盤のない状態からこれらの映画作品を作り上げた創造力も、80年代のホラー映画が賞賛される理由のひとつであることは間違いないでしょう。
しかし、80年代ホラー映画が評価され、人々のトラウマになるほど強く印象付けられる理由はそれだけではない!と筆者は思います。80年代ホラーの怪物たちは、その異様な見た目とは裏腹に、いつの時代にも共通する普遍的な悩みを抱えているのです。
映画『ザ・フライ』の怪物は「精神正常な元人間」
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しかし、彼はその後、完全なハエにもなれるわけでもなく「ハエの特性を持つ、まったく新しい怪物」に変化していくのです。優秀な科学者から徐々に身も心もハエのようになっていくブランドルの姿は、まるでカフカの『変身』を彷彿させます。
ブランドルを愛しているヒロインは、成す術もなく、研究所に通って彼の変化を見守ります。もうその頃には耳も溶け落ち、歯も抜けて常人では近づけないくらいおぞましい姿になっているブランドル。
作品には、日を追うごとに変化していく姿と、急激に揺れ動くブランドルの心情が丁寧に描写されています。描写が丁寧すぎてトラウマになるという声も聞かれますが、主人公が“元人間”であるという設定から、ひとまず「自分だったら」と置き換えながら観ることが叶うのではないかと思います。
ホラー映画の怪物たちは案外悪い奴らではない
皆さんは、ホラー映画の怪物にどのようなイメージを持っているでしょうか。「イメージも何もない、怪物は怪物」……確かにその通りなのですが、この機会に怪物たちの目的について一考してみていただきたいのです。80年代ホラーの怪物たちは、まるで恨みを持って侵略してくるテロ組織のように見えます。しかし、彼らは意外とそこまで悪巧みはしていません。
例えば、人を恨んで命を狙っているか?お金や資源を奪って得をしようとしているか?
快楽目的で人を襲っているか?これらはすべて「NO」です。彼らの目的は「種の存続」や「居場所を確保するため」など、どちらかというと日光を求めて伸びる植物のようなイメージで、本能的な欲求のためにターゲットに襲いかかる場合がほとんどなのです。
「キミたちも大変だと思うが、ボクだって同じ」――グロテスクな見た目から相当悪い奴だろうと思いがちですが、怪物たちは多分このように思っているはずです。
映画『バスケットケース』の怪物は「人と違うから邪魔者」
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兄を想う弟は、この怪物的な生き物をバスケットケースに入れて持ち歩き、常に一緒に行動します。こうして、何年も兄弟は2人で暮らしてきました。しかし、弟にいい感じの女の子ができてしまうのです。弟は、次第にバスケットケースの中の兄が邪魔になっていきます……。
そもそも2人の関係は、異形の存在でありながら兄としての威厳を保ちたいと願いつつも、完全に弟の善意で生かされているというアンバランスな状態でした。「兄がいなければ彼女を家に呼んだり、いつか結婚したりもできる」と考える弟。「なぜ自分だけがこんな姿なのか。弟が羨ましい!いや、せめて生殖器だけでもほしい!」と真っ暗なバスケットケースの中で苦しむ兄。
確かに2人ともかわいそうです。しかし、それだけではありません。「なぜ自分だけ」「羨ましい」「あれがほしい」――これは私たちもよく知っている感情ではないでしょうか!?
ホラー映画ブームが起きた「80年代」は不安と混沌の時代
80年代ホラーの怪物たちには、「人間から徹底的に避けられている」という共通点があります。実はこれらの怪物たちは、80年代当時に虐げられてきた立場の人や、人々が不安に感じていた問題を象徴していることにお気づきでしょうか?
80年代は、バブル期の真っ只中でもありました。女性解放運動など変革への勢いがある一方、世間では終末思想が流行したり、世の中が大きく変化していくことに皆が漠然とした不安を持っていたりした時代でもあります。また、人種差別や男尊女卑など、過去には当たり前に行われていた封建的な考え方に疑問を抱く人が増えてきたのもこの頃です。
しかし、70年代から80年代にこれらの問題を大声で抗議するためには、社会生活に支障が出ることを覚悟する必要がありました。「正しいことはわかっているのに」――そのような混沌とした時代に誕生したのが、醜い姿という枷をつけられながらも、普遍的でささやかな願望を持つ怪物たちなのです。
映画『ブロブ』の怪物は「人々の不安を具現化したもの」
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『ブロブ/宇宙からの不明物体』は80年代後半の作品ですが、これぞ不安の最終形態といった雰囲気を醸し出しています。どこに逃げても無駄、吸収されたら自我がなくなる、しかもドロドロしている。急速に変化する世の中に対する人々の漠然とした不安をドロドロの怪物で表現し、見事にホラー映画にしています。
80年代ホラー映画に出てくる怪物は「不安の象徴」
近年のホラー映画は、怨念を持った幽霊が人を殺すために出てきたり、または「本当に怖いのは人間」といったテーマを携えたりしているものがほとんどだと思います。
しかし、80年代ホラーの表現するところは「人間の本質は、何を怖がっているのか」。差別されれば、社会の中で立場を失い、生きていけなくなってしまいます。また、周りで大きな変化が起きれば、自分は無事でいられないかもしれない。これらは、おそらく火すらない時代から恐れられてきた根源的な恐怖だと思います。
この本質的な恐怖を突き詰めて結晶化したものこそ、80年代ホラーの怪物であるとしたらどうでしょう。もしあなたのトラウマになっている映画があるとして、それは果たして「グロテスクだったから」という理由だけでしょうか。
もしかしたら、怪物たちの苦悩が自分が恐れていることにも深く関係しているからかもしれません。大人になった今こそ、ぜひ80年代ホラー映画を改めて鑑賞してみてはいかがでしょうか。社会人経験を積んで挫折の渦中も味わった上では、怪物相手にボロ泣きするのは何も恥ずかしいことではありません。子供の頃とはまったく違った感想を持てるかもしれませんよ。