弁護士事務所の滑り止め?企業法務部と司法試験・就職のホントのところ(法務ライター)

●弁護士に対する輝かしいイメージは変わってしまった。それに伴い、法曹志望者は就職先として、各企業の法務部に注目を始めた。
●世間はコンプライアンスの担い手として、各企業の法務部に注目を始めた。
●法務部は設立間もなく、小規模な部署である。他部署からは信頼されることも多いが、煙たがられることもある。
●法務部に所属する法務部員は案外魅力的なキャラクターである。
●法務部が法曹志望者を強く求めているとは言えない。
●法曹志望者が法務部に就職することは必ずしも簡単ではない。
●法務部は世間と法曹志望者の両方の予想を裏切る魅力的なホントのところを持っている。

近年、法律関係者からだけでなく世間からも熱い視線を注がれるようになった企業法務部という存在。しかし、当事者以外の客観的な立場から紹介されることはあまりありません。

本稿では、法律書出版社に勤める仕事柄、法務部員の方々と公私ともに交流のある筆者が、客観的な数値とさまざまに見聞きした情報に基づき、まだまだ知られていない企業法務部のホントのところをご紹介します。

弁護士の苦境?法務部への注目

弁護士に対するイメージの変化

弁護士は長い間憧れの職業のひとつでしたが、近年では違う目線で語られることも増えました。2017年出版の雑誌だけでも「司法エリートの没落」「弁護士の格差」というタイトルが踊ります。長年安定していた弁護士・裁判官・検察官からなる法曹界の構造変化が嘆かれているのです。

その背景には、弁護士需要を示す裁判件数の減少(民事・行政事件新受総数は2005年:約270万件→2016年:約147万件)と弁護士数の急激な増加(2005年:約1万5000人→2015年:約3万6000人)による需給バランスの崩壊、それに伴う司法試験受験者数の急減(2002年:4万1459人→2017年:5967人)、法曹志望者が通学するロースクールと呼ばれる大学院の募集停止の急増(全74校のうち35校が募集停止)という事実があります。

このような語られ方には異論もありますが、確かな点は弁護士に対する世間のイメージが変わってしまったということです。

法務部の実際

弁護士に対するイメージの変化に伴い、法曹志望者(多くは大学生かロースクール生)の中でも「難しい司法試験に合格すればあとはなんとかなる」という昔ながらの認識は改まりつつあります。就職活動に熱心な法曹志望者は珍しくなくなりました。
そして、そんな法曹志望者たちが就職先として注目し始めたのが、各企業の中で法令関係の業務を扱う「法務部」という部署です。タカタ、東芝などといった法令違反が企業の命運を左右する事例の続出で、コンプライアンス(法令順守)の担い手である法務部には世間の注目も集まっています。

法務部はどんな部署?法務部員はどんな人?

法務部は、企業の一管理部門であり、積極的に世間へのアピールはしません。まずは、そんななかでも法務部の実態を知ることができる貴重な資料、経営法友会編著『会社法務部――第11次実態調査の分析報告』を参照して、法務部と法務部員について紹介します。以下の数字は同書のものです。

法務部の有無、設置時期、人数、仕事

まず、法務部または法務課という部署を持つ企業は全体のうち69.2%に及びます。また、部署設立の時期は、1996~2005年が30.9%、2006~2015年が40.0%です。さらに、平均人数は8.8人です。想像よりも多くの企業に存在していますが、その半数近くが立ち上げから10年以下の新設部署で、小所帯である、と言えるのではないでしょうか。

そもそも、法務部はどんな仕事をしているのでしょうか。基本的なところは共通しています。法務部の重視する役割として、89.9%の企業が「法律相談・契約書審査等を通したリスクの予防」を、48.6%が「紛争・訴訟への対応」を、36.3%が「社内教育や社内への情報発信」を挙げます。

しかし、実際に法務部の方々に伺うとその業務は企業ごとに多様です。たとえば、システム開発会社では法的リスクは契約書よりも納品したシステムの中に潜んでいますので、システムの内容を法務部がチェックすることもあります。海外進出する企業では、海外現地法の調査をすることもあります。経営企画部のなかにある法務課では取締役会事務局を担うこともありますし、知的財産部がない企業では特許出願を行うこともあります。業界の種類、ビジネスの内容、部署構成により仕事内容は多様なのです。

そしてこのような仕事内容から、法務部は他の部署からは一方で頼りになる相談役と見られつつ、他方では「リスクにだけ注目してビジネスをストップさせかねない煙たい存在」と見られ、社内における独特な立ち位置となることが多いようです。

法務部員のキャラクター

では、このような法務部で働く法務部員はどんな人たちなのでしょうか。法律と言えば小難しいものの代名詞、弁護士と言えば口うるさい人の代名詞でもあります。法務部員もそのようなイメージ通りなのでしょうか。
法務部員の方々と実際にお付き合いしてみればそのような予想は簡単に裏切られます。彼ら/彼女ら(なお、法務部員の男女比は7:3です)は意外なことに、ベンチャー精神にあふれた、知的で、好奇心旺盛な、愛嬌のある人たちなのです。

想像してみると、このようなキャラクターは先にお伝えした法務部の性質、仕事内容、社内での位置づけなどに由来しているように思えます。まず、設立間もない小規模組織であることが多く、言ってみればベンチャーです。また、法務部の仕事は法律を使いこなす知的業務です。さらに、法的リスクを洗い出すためには法改正に加えて、自社のビジネスと社内事情にアンテナを張り続ける好奇心が必須です。そして、油断すれば煙たがられて仕事が回らなくなってしまうからこそ愛嬌と人当たりのよさが備わるのではないでしょうか。

実を言えば、このような法務部員のキャラクターを紹介したい、というのが今回の寄稿の動機のひとつなのです。

法務部は法曹志望者を採用したいのか?

続いては、法務部を法曹志望者の視点、つまり採用・就職の視点から見てみます。
法曹志望者は「司法試験に合格しなくても法務部が雇ってくれる、自分の専門性を評価してくれる、合格して弁護士になればなおさらだ」という期待をしがちです。その背景には、法務部で働く弁護士(インハウスと呼ばれます)数の急激な増加(この10年で53人→530人)とロースクール卒業生の採用の増加(この5年で129人→350人)という2つの変化があります。

しかし、この期待は本当に正しいのでしょうか。

法務部の採用方針

「司法試験に合格しなくても法務部が雇ってくれる、自分の専門性を評価してくれる、合格して弁護士になればなおさらだ」という期待は、結論としては正しくないように思われます。まず、新人の採用方針として、法務部の48.6%が「経験者の中途採用」を、38.4%が「自社の他部門からの異動」を、31.7%が「新卒または勤務経験のない既卒採用」を上位3位に掲げ、ロースクール卒採用(24.4%)と修習直後の弁護士の採用(10.7%)は採用方針の4位と6位にすぎません。

また、弁護士の採用意欲については「応募があれば採用する」が40.4%、「採用するつもりはない」が24.8%となっています。事実、法務部員の方から過剰な期待を寄せられて戸惑うこともあるという声も聞きます。
結局、インハウスとロースクール卒業生の採用が増えたのは母数が増えたことの反映にすぎず、法務部が積極的に法曹志望者を求めているわけではないのです。

法務部への就職は簡単か?

法曹志望者は「法務部は法律事務所よりたくさんあるから就職が簡単、法務部は法律事務所の滑り止め」と考えがちです。
確かに、企業の69.2%に法務部があるわけです。しかし、平均8.8人しかいない小規模部署で毎年新人を採用することはできません。また、先にお伝えしたように法曹志望者の採用意欲が高いわけでもありません。さらに、採用意欲が高くともその情報を法曹志望者に伝える専門のエージェントは未発達でマッチングが上手くいっていません。

結局のところ、法務部への就職ルートとしては就職戦線に参戦し、新卒枠の学生たちとの戦いを制し内定を勝ち取ったあと、社内で法務部への異動願いを出すことが一番可能性が高いのではないでしょうか。その証拠に、法務部以外の社内キャリアを持つ法務部員は60%に及びます。法務部でしか働いたことのない企業人というのは少ないのです。

想像とは異なる法務部の実態

法務部員は、世間の想像に反した魅力的なキャラクターを持っています。しかし、法曹志望者の期待に反してその仲間になることは簡単ではなさそうです。
2つの意味で注目と期待を裏切っているのが法務部の実際とまとめられるのかもしれません。

この記事を書いた人

弁護士事務所の滑り止め?企業法務部と司法試験・就職のホントのところ(法務ライター)

クンデラ

ビジネス書編集者、ライター

名古屋出身、高田馬場在住。
ロースクール卒業後、ビジネス書出版社に勤務。立法情勢、法律実務などが得意。趣味は読書会参加と旅行、趣味ジャンルの記事も書きたいなぁ。

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