身につけると便利!意識のソフトウェア「インテグラル理論」の3つのポイント(哲学ライター)

●人々が争う原因となっているものは、自覚されない関心にある。
●この関心に裏打ちされた価値観の違いから、戦争から身近な職場や家庭に至るさまざまなレヴェルの対立が起こる。
●インテグラル理論は、そうした争いの根を解きほぐし解消しつつ、人々がよりよく自己・他者理解を促進するために生まれた。
●インテグラル理論開発の直接の契機は、アメリカにおけるカウンターカルチャーを背景とした異文化との接触と、その限界にある。
●インテグラル理論活用の第1のポイントは、価値観の根底にある関心に気がつくことにある。
●第2のポイントとして、価値観には心・物質・文化・社会という4つの象限がある。
●価値観は年齢や状況によって移り変わる。これが第3のポイントである。
●「人間は成長する」という視座を身につけることで、自分や他人の理解を促進し、優しくなることができる。

人類の歴史は戦争の歴史である、とも言われています。

大国間の争いはもちろんのこと、職場や地域コミュニティ、家庭に至るまで、その根は絶えません。他人事であれば「バカなことをやっているなぁ」と俯瞰した視座で見ることができるかもしれません。しかし、こと自分自身の周辺となるとどうでしょう。もしかしてこれを読んでいるあなたは、上司とのソリが合わずにストレスを抱えているかもしれませんし、異なる部署の利害調整で苦慮しているかもしれません。また、クライエントの要求と社内の方針との間で板挟みになっているかもしれません。
家庭ではどうでしょう。パートナーとのコミュニケーションがうまくいっていなかったり、自分自身の中でも「本当に自分のしたいことは一体何なのか」と複数の声が葛藤していたりするかもしれません。

筆者の所属していたアカデミズムの世界でも事情は同じでした。ある領域のプロであるからこそ、その領域からの視点に固執し、互いに争って自分とは異なる考え方の人を排除し、果ては学説や人事にまで影響してしまうのです。筆者はその中で、こうした対立や相克を超える方法について、長らく研究してきました。

そこで気がついたことがあります。そうした「争い」の根底にあるものは何なのでしょうか?

人々が争うことの背景には、その人や属する集団の持つ価値観や、その形成の元となる関心が大きく作用しています。そして、その価値観や関心の違いを包括的に捉えつつ、さらに争いを解消して、異なる価値観を持つ人々がうまく協力しあえるような哲学の新しい考え方がありました。

その名はインテグラル理論

まだ耳慣れない言葉かもしれません。しかしそれが身につくことで、複数の価値観をより包括的に活かすことがとても楽になります。インテグラル理論は、実際に一部ではビジネスや研究の現場で使われ始めています。本記事では、その開発の過程と具体的な活用に役立つ3つのポイントについてご紹介します。

「インテグラル理論」とは?

「インテグラル理論」の”integral”は「統合」を意味します。自分と世界、そして組織と社会についてより包括的に理解し、それらの成長を促していく新しい哲学です。そのインテグラル理論が生まれるきっかけになったのは、ヴェトナム反戦運動さなかの1960年代後半のことです。

アメリカの第35代大統領のケネディによって創設された平和部隊によってアジアに派遣された若者たちは、そこでキリスト教と異質な東洋思想や瞑想のような文化と出会い、衝撃を受けました。それまでのアメリカ/ヨーロッパの文化圏では、大学の知識人の間で東洋の思想は知られていたのですが、どこか自分たちの文化とは異質で、しかも低いものとみなしている傾向が一般的でした。
新しい異文化との出会いに啓発された若者たちは、東洋の瞑想に新しい人間の成長の可能性を感じ、帰国してからさまざまな書籍や講演を通した啓蒙活動や、ワークショップを通した実践に乗り出していきます。

インテグラル理論の開発者であるケン・ウィルバーも、そんな若者たちの一人でした。ただ彼は、こうしたさまざまな流派がどれも「自分たちは全て正しい」と主張しがちなことに疑問を感じ、やがて一線を画することになります。そうして誕生したのが、インテグラル理論だったのです。

インテグラル理論の目的は「自分こそが正しい」と主張することではありません。世界にはさまざまな価値観があり、それらを包括的に捉えることで、自分を含めた人々の生をより豊かにしていくことが目的です。この理論を身につけることで、自分の得意領域はもちろんのこと、人生がうまくいかなくなっているときに「ではどこかうまくいかないのか」という問いを立てることができ、改善ポイントを見つけやすくなります。

インテグラル理論活用のポイントその1〜「関心」に気づこう〜

最初に触れたように、人の価値観はさまざまですが、それは世界観と言い換えても良いものです。

たとえば、「数値化されたデータこそが有益だ」と考えている人と、そうではなく「人間の数字にしにくいような心の動きが大切なんだ」と考えている人がいるとしましょう。彼らの主張は平行線となり、容易に理解しあうことができません。なぜかというと、前提になる価値観が異なるためです。では、その世界観はどのように形作られてきたのでしょうか。

「数値化されたデータこそ有益だ」と考えている人は、もしかすると過去に病院で勤務していて、致命的な数字の読み取りの誤りから、大変な医療問題に発展した経験を有しているかもしれません。また「心こそ大切」と思っている人は、患者との細やかなやりとりで、医療従事者だけでなく家族も癒された経験を積み重ねてきているかもしれません。このように、価値観はその場にゴロンとあるのではなく、人の経験によって培われた関心に支えられているのです。

価値観の根底にある関心に気づくことができれば、お互いに対話をしやすくなります。「どうして自分(あの人)はそれを大切に思うのか」と問い直す心の余裕が生まれるからです。

インテグラル理論活用のポイントその2〜「関心」を導く4つの方向〜

たとえば、あなたは今お腹が減っていて、コンビニに行くとしましょう。そしてあなたは、心の中で「コンビニに行こう」と意図します。そのとき、同時にあなたの脳波が変化し、アセチルコリンがシナプスに入ります。
では、あなたはなぜ「狩りに行こう」と思わずに「コンビニに行こう」と思ったのでしょうか。一人の人間の思考は、言語・慣習・文化などの背景があります。また、もしコンビニという社会・経済的システムがなければ、そもそもあなたはそこに行こうと思わなかったことでしょう。

このように、物事には4つの側面があります。それは、あなたの心という内面と、肉体や脳といった物質的に観察できる日常の振る舞いや、解剖して観察できる外面、そして「狩りに行く」のではなく「コンビニに行く」ということを選択させる文化的な価値観と、コンビニという社会システムです。そしてこれら4つの側面を図に示したものが「四象限」です。

昭和の頃に「頭ばっかりでも体ばっかりでもダメよね」というヨーグルトのコマーシャルがありました。それにならって言えば、心ばっかりでも、物ばっかりでも、文化ばっかりでも、社会ばっかりでもダメなのです。
「コンビニに行く」というひとつの単純な出来事でさえ、4つの側面から考えられることがわかります。

インテグラル理論活用のポイントその3〜人は「成長」する〜

とはいえ、人の価値観や関心は偏りがちなのも事実ですし、職人のように良い意味でこだわりが各々にある場合もあります。ここで大切なのは、人の関心は成長とともに移ろっていくことです。

たとえば、10年前のあなたの悩みは、今でもそのままでしょうか。小学生時代になりたかったスーパーヒーローに、今でもなれると本気で考えているでしょうか。もしかしたら取り憑いたその悩みの原因は、まだ学生の頃に世界を狭くしか見ることができなかったことにあるのかもしれません。あなたはもしかしたら、ヒーローという関心を他者への援助に広げていったのかもしれません。

このように、人の関心は成長していきます。それはおおむね「自分の利害関心をこそ第一に考えていることに対して無自覚な自己中心性の段階から、だんだんと他人の立場になって行動したり、考えたりできるようになる自己が確立した段階」、「人間だけでなく、世界を中心に考え、行動できる世界中心の段階に」移行していくと考えられています。要するに、視点が広くなり俯瞰できるようになっていくのです。

事象の4つの側面は、このように俯瞰した視点を育てるためのツールとして活用することもできます。それと同時に、よりよく自己と他者の関心の違いを理解し、また現時点でのそれにあまりこだわりすぎないという優しさも生まれるのです。

現代社会で役立つインテグラル理論

インテグラル理論に触れてみて、いかがでしたでしょうか?もしかしたら、ちょっと難しいと感じたかもしれません。私たち日本語文化圏の人々は、明確な自己主張を嫌う傾向がありますし、「その場の空気を読め」というような暗黙の前提に頼りがちです。しかしそれは同時に、言葉になりにくい文脈や微妙なニュアンスを捉えやすい利点を持っているとも言えます。その繊細な側面を常に意識に浮上させ、目的に応じて使い分けていくことが大切です。

現代において、価値観の多様化ということは一見織り込み済みに見えます。しかし、それが極端に流れて「所詮は好きずきだ」という価値相対主義に走ってしまったり、逆に自分の世界観に固執して「これこそ正しい」とばかりに狭い場所にいとどまってしまったりするケースはよく見られます。
もちろん、個人の趣味であればなんの問題もないでしょう。しかしながら、はじめに触れた戦争や、誰もが抱える悩みというものは、もはや個人の問題とは言えません。私たちは否が応にもつながって生きているのです。

個人の価値観を支えるのは関心であること、その関心が個人の心と物質的な側面、そして集団や組織の文化的価値観と社会システムという4つの側面を持つこと――。

上記の考え方は、ますます価値観が多様化し、異文化の人々とのコミュニケーションが必要となる現代において、日常的に役立つツールとなるのではないでしょうか。

参考文献

この記事を書いた人

身につけると便利!意識のソフトウェア「インテグラル理論」の3つのポイント(哲学ライター)

甲田烈

ライター

東京都在住。
相模女子大学非常勤講師をへて、現在、EMS(エッセンシャルマネジメントスクール)公認講師・東洋大学井上円了研究センター客員研究員。著書に『手にとるように哲学がわかる本』(かんき出版)、『水木しげると妖怪の哲学』(イーストプレス)、共著に『インテグラル理論入門Ⅰ・Ⅱ』(春秋社)がある。哲学・思想・民俗学を中心にレクチャー活動を行う。趣味は妖怪探訪。

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