旅先や食卓などで私たちは、知らず知らずのうちに深海魚を食している……こう書くと驚くかも知れないが、高級魚として知られるキンメダイやノドグロ、そしてアンコウなども深海魚であることをご存知だろうか。深海魚は、水深200メートルより深い海に住む魚類の総称だ。深い海で水圧と寒さに耐えている彼らは、体内にたっぷりと脂を蓄えている。そしてその脂の乗った身がめっぽう美味い!
食うのも釣るのも大好き……美味い魚を求めて全国を旅するおやじライターが、深海魚の宝庫・西伊豆の戸田(へだ)を訪ねた。
深海魚はなぜ美味いのか
メヒカリという魚をご存知だろうか。目が大きく、光を反射することからメヒカリ……水深200メートルから600メートルの海に住む、深海魚の一種だ。
20年ほど前までは雑魚の類で値が付かなかったが、骨や身の柔らかさと脂の乗りが評価され、近年ではスーパーでも見かけるようになった。同じようなサイズのシシャモやハタハタも好きだが、このメヒカリの美味さは別格だ。
メヒカリの一夜干し 8尾入り398円。 産地は福島県いわき市。
この日手に入れたのはメヒカリの一夜干し。丸々と太って、いかにも脂が乗っていそうだ。さっそく焼いて頭から食らいつくと、良質な脂がジュワーっと口の中に広がる。
頭からガブリ。脂がジュワーっと広がる。
深海魚の生息域(水深200メートル以上)は水圧が高く、体内に浮き袋(空気)がある浅海魚は押しつぶされてしまう。しかし深海魚は 浮き袋を持たない種類が多く、代わりに体内の脂によって体を浮上させている。このたっぷりと蓄えられた脂が、深海魚の旨味となる。
また深海魚の運動量は、マグロやカツオなどの回遊魚に比べ圧倒的に少ない。そのため筋肉が発達しておらず、白身でふっくらとした食感の魚が多い。深海魚の美味さは、上質な脂の乗りと、身の柔らかさにあるのだ。
深海魚の宝庫・西伊豆の「戸田」へ
まだ食べたことのない、美味い深海魚に出会いたい……そこで向かったのが、西伊豆の港町、沼津市戸田(へだ)だ。
戸田は日本一の深さを誇る駿河湾に面しており、海岸からわずか2kmほどの距離で
水深500mに達する。こうした地形から「深海魚の宝庫」とも呼ばれているのだ。
古くから良港として知られる戸田港。
戸田の特産品といえば、日本一の水揚げを誇る「タカアシガニ」。大きい物は3メートルを超える世界最大の甲殻類だ。そしてこのタカアシガニと深海魚は、切っても切れない関係にある。
戸田漁協直売所のタカアシガニ。
タカアシガニは、トロールと呼ばれる底引き網によって捕獲される。その水深はタカアシガニの生息域である200メートル以上。そして引き上げられた網には、お目当てのタカアシガニと共に他の魚も水揚げされる。そう……沢山の種類の深海魚たちだ。
水揚げされた深海魚。(写真提供:魚重食堂)
戸田漁協直売所では、キンメダイやメヒカリといったポピュラーな魚に交じり、これまで見たこともない魚やエビが売られていた。こうした深海魚を、様々な料理法で食べさせてくれる食堂がこの近辺にあるそうだ。否が応でも期待が高まる。
実食!「魚重食堂」で戸田の深海魚を味わう
魚重食堂。エメラルドグリーンの外観が目を引く。
深海魚料理で有名な「魚重食堂」。戸田を訪れる観光客はもちろん、地元の人たちにも人気のお店だ。メニューを見ると、深海魚の刺身から天ぷら、唐揚げ、煮付けまで、深海魚料理のオンパレード。
さっそくSNSなどで話題の刺身定食を注文すると、「今日はご用意できません…」と申し訳なさそう。取材に伺った週は悪天候が続き、トロール漁が行われなかったそうだ。深海魚は足が速いため、獲れたてしか刺身では提供しない……とのこと。こうしたこだわりが、この店の人気の理由かも知れない。
店の人がおすすめしてくれたのが「魚重御膳」。天ぷら、煮付け、汁物と、深海魚を丸ごと味わえる定食だ。
魚重御膳。深海魚を丸ごと食すならコレ。
天ぷらのネタは、「赤エビ」「ドンコ」そして「メギス」。特に赤エビは、手足や殻が柔らかで美味しく、頭をかじると濃厚な味噌の旨味が広がる。
そして煮付けは「ゲホウ」。グロテスクさではこの店一番……と称される魚だが、白く柔らかい身が甘辛のタレを吸い、極上の煮付けに仕上がっている。
これがゲホウだ!(写真提供:魚重食堂)
こうした様々な料理を作ってくれたのは、店主の柴崎みずほさん。26歳という若さだ。実はこの魚重食堂、今年の1月にリニューアルしたばかり。長年店を切り盛りした先代が退き、若き店主にバトンタッチしたのだ。
柴崎さんは、18歳から寿司屋とうなぎ屋で修業を積んできた。様々な深海魚料理を提供するこの店にとって、うってつけの後継者だったのだろう。
柴崎さんをサポートしているのが、お母さんの清乃(きよの)さん。お店番の他、深海魚の仕入れも担当しているそうだ。仕入れといっても、市場で買う訳ではない。午後3時から5時ごろに帰港するトロール船を待ち、顔見知りの船員から直接購入する。仲買人も通さずに、港で活きの良い深海魚を仕入れるのだ。値段は?と伺ったところ、文字通り「浜値」という答えが返ってきた。
店主のみずほさんとお母さんの清乃さん。
深海魚を仕入れた後は、魚のウロコ取りやエビの皮むきなど、すぐに下処理を行い冷蔵する。そうしないと種類によっては、身が融けてしまうそうだ。
こうした一手間があるからこそ、鮮度の良い刺身や淡白な味わいの天ぷらを食することができるのだ。
料理人の想いが魚をもっともっと美味くする
「深海魚は淡白でクセがなく、色々な料理を試すことができる」とみずほさん。先代から受け継いだメニューに加え、それぞれの素材を活かしたオリジナルメニューも提供している。
その姿勢からは、「もっと美味しい料理を味わってもらいたい」「もっと大勢の人に戸田に来てもらいたい」という思いが伝わって来た。
今回の取材で私は断言したい。美味い魚は深い海の中にいる。そして料理人の想いが、その魚をもっともっと美味くする。見た目で判断してはダメぜよ。喰らえ!深海魚。