横浜で誕生した「家系ラーメン」は今やひとつのジャンルとして確立していますが、その始まりは一軒のラーメン屋からでした。それが横浜家系ラーメンの総本山「吉村家」です。豚骨醤油のスープに中太麺、ほうれん草に海苔、そしてチャーシュー。広く愛される家系ラーメンのスタイルはここで誕生しました。吉村家から多くの店が独立し、それにインスパイアされた店も次々と誕生する中でも、このスタイルだけは継承されています。
家系ラーメンの家系図ともいえるものが広がっていくと、それぞれの店の特色などが生まれ、結果として本来の家系ラーメンの姿が薄れていきました。家系好きを自称する人でも、吉村家の元祖家系ラーメンを食べたことがない、という人がどんどん増えているのが現状です。
そこで当記事では、生まれも育ちも横浜、そして横浜市内市外問わず無数の家系ラーメンを食べ続けて20年以上の筆者の視点から、本家本元「吉村家」を起点とした家系ラーメンの変遷についてご紹介します。
吉村家を起点に直系ラーメン店が家系図を広げていく
吉村家の誕生は1974年。現在でも横浜駅の西口で営業しており、毎日長蛇の列を作っています。今でこそ一大ジャンルとして確立されている家系ラーメンですが、人気が出始めたのは吉村家の誕生から20年ほど経ってからでした。
人気が出てジャンルとして確立されていったのは、吉村家で修行した職人たちが独立し、「直系」と言われる家系ラーメンの店が誕生していったことに一因があります。吉村家の味を継承していった店は杉田家、はじめ家、厚木家といった人気店です。これらのお店の共通点として、店舗名に「家」と入っているという点が挙げられます。
お気づきかとは思いますが、店名に「家」と入っていることが、家系ラーメンが家系ラーメンと呼ばれる理由です。これら店は、吉村家から免許皆伝を受けて、吉村家から連なる本来の家系ラーメンの姿を継承しています。
一方で、免許皆伝を受けていない直系の家系ラーメン店もあります。その代表とも言えるものが本牧家でしょう。本牧家は元々吉村家の二号店として開店したのですが、事情があり吉村家とは訣別しているため、免許皆伝は受けていません。
しかしこの本牧家は、家系ラーメンの歴史を語る上では無視できません。本牧家からは数多くの店舗が独立し、家系ラーメンの家系図を大きく広げました。家系ラーメン最高峰との呼び声も高い寿々喜家や、カップラーメンにもなった超有名店の六角家なども本牧家から独立した店です。これらの店からも独立した店がたくさんあり、吉村家の孫、曾孫、玄孫と、家系図を広げていきました。
こちらが吉村家のラーメンです。醤油感が前面に出たスープとなっています。「醤油>豚骨」といったイメージでしょうか。チャーシューが非常に淡白で、脂身が少ないのが特徴です。
壱系やオリジナルの家系ラーメンが広がり、本来の家系ラーメンの姿が薄れる
家系ラーメンは直系と呼ばれるもの以外に、壱系と呼ばれるものとその他のオリジナルに分類されるものがあります。壱系の家系ラーメンは「壱六家」をその始まりとして、そこから独立していった店のことです。
壱六家はその創業者が「吉村家のようなラーメン店をやりたい」という思いで開業したお店であり、直接の関係はありません。いわゆるインスパイアです。しかし、この壱六家の誕生によって家系ラーメンは大きな転換期を迎えます。
こちらの写真は壱六家のラーメンです。壱系と直系の大きな違いはスープでしょう。壱系の家系ラーメンは、豚骨スープが乳化するまで炊かれており、濃厚な旨味を楽しむことができます。また、具材に関しても変化がありました。それはチャーシューです。壱系では脂身が多く、とろとろで柔らかいチャーシューを使用している店が多くなっています。デフォルトでうずらの卵が乗っていること。これらの点から分かるように、吉村家にインスパイアされた壱系の家系ラーメンは、より大衆の好みに迎合するような味になっているのです。
そして、たかさご家などのオリジナルの家系ラーメンも登場し、家系ラーメンはますます普及していきます。ついには壱角家という大きなチェーン店まで展開されていきました。オリジナルはどちらかというと、壱系に近いものが多いという傾向にあります。こうして、元祖の家系ラーメンというものの姿は薄れていったのです。
直系は伝統を守り客の好みを寄せ、壱系は進化を続け客の好みに寄せる
家系ラーメンは大きく分けると、二つに分類できます。直系の醤油が前面に押し出されたスープの家系ラーメン、そして乳化が進んだ濃厚スープの家系ラーメンです。直系の家系ラーメンは伝統を受け継いでいくもの、それ以外の家系ラーメンは進化していくもの、というように言い換えることもできるかもしれません。
もちろん、これらは優劣がつけられるものではありません。伝統を守る直系の家系ラーメンは客の好みを寄せるラーメン、進化していく家系ラーメンは客の好みに寄せていくラーメンなのではないかと、私は考えます。
直系の家系ラーメンは一度食べるとその強い醤油の風味が忘れられず、またすぐに食べたくなってしまうような中毒性があります。つまり、自分の好みが直系の家系ラーメンに寄せられてしまうのです。チャーシューにしても同じで、直系のチャーシューは脂身も少なく、大衆受けするかと言われるとそうではありません。しかし回を重ねていくと、「このチャーシューじゃないとダメだ」というように、自分の好みが寄せられていくのです。
一方で、壱系に代表される直系、及びその影響を強く受けたオリジナル系以外の家系ラーメンは、多くの人が好むであろう濃厚で旨味の強いスープです。はじめて食べた人にも、その一口目から美味しいと思えるお店も多くなっています。チャーシューも、脂がとろとろで柔らかいものが多く、一般的に美味しいと言われるチャーシューである場合が多いです。これらの点から、客の好むものに寄せていこうという姿勢が感じられます。
もちろん、吉村家が決して客にとって美味しいラーメンを出そうという気がないわけではありませんし、壱系の店がラーメンの味を守ろうとしていないわけでもありません。この点は誤解しないようにしましょう。
伝統を知り、家系ラーメンを楽しもう
料理は、時の流れと共に変化していくものです。それは家系ラーメンも例外ではありません。変化を柔軟に受け入れることは、料理をより美味しく食べようという心のあらわれでしょう。進歩と進化は大いにアリと言えます。
しかし、その原形・伝統を守っていくことも食文化にとって大事なことでなのではないでしょうか。料理のように変化していくものは、やはりその伝統、元祖というものの存在を知っていてはじめて、比較することができるようになり、より楽しむことができるものなのです。
総本山「吉村家」の家系ラーメンを知って、みなさんもより家系ラーメンを楽しんでいただけるようになったらと、願ってやみません。