『レ・ミゼラブル』の魅力は”脱線”にあった!原作から読み解くユゴーの真のメッセージ(文学ライター)

●『レ・ミゼラブル』の原作は、物語の本筋から何度も「脱線」するため読みにくい。しかしその「脱線」にこそ、作品の魅力が詰まっている。
●原作者のユゴーは政治家でもあった。ユゴーの政治家としての立場の変遷は、登場人物のマリユスの人生に重ねられている。
●ユゴーは貧困などの社会問題を物語の中で強く批判している。
●それまでの小説の常識を踏襲せず民衆を主役においた「レ・ミゼラブル」は、結果として共和主義を推し進めることになった。
●『レ・ミゼラブル』は、ユゴーの生涯やフランス革命前後の歴史を勉強した上で読むとなお面白い。

『レ・ミゼラブル』といえば、2012年のミュージカル映画(ヒュー・ジャックマン主演)が有名ですね。舞台作品としても、何度もリメイクされ続けている名作です。
では、ヴィクトル・ユゴー原作の『レ・ミゼラブル』を読んだことはありますか?映画をきっかけに原作にチャレンジした人はたくさんいると思いますが、難解すぎて最後まで読み切った人はあまり多くないと思います。読み切った人も、もしかしたら一番面白い部分を読み飛ばしているかもしれません。
当記事では、映画や舞台では伝わらない、『レ・ミゼラブル』の真の魅力をお伝えします。

最大の魅力は物語からの「脱線」にある

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レ・ミゼラブルの原作を手に取ったことがありますか?とにかく分厚いですよね。(岩波文庫だと400頁超×5巻!)そして非常に読みにくいと感じたはずです。

そもそも、主人公ジャン・ヴァルジャンの登場まで、なんと115頁以上も前置きがあります。あの頃はこんな時代だった、こんな街並みだった、こんな人がいた……というようなことが長々と語られているためです。ユゴーはこの長い語りがお好きなようで、物語が盛り上がってきたところでも構わず流れを中断し、脱線してしまうのです。物語の先が早く知りたい人は、読み飛ばしてしまいたくなります。
ストーリーのスムーズな理解を妨げないよう、映画やミュージカルではこういった脱線部分がすべてカットされています。

しかし、あえて言いましょう。レ・ミゼラブルの面白さはこの「脱線」にあります。広く知られているメインストーリーもドラマチックで面白いのですが、「ユゴーが何を思ってこの話を書いたか?」という点に注目すると、作品をさらに深く味わえます。
とはいえ、前提知識ゼロの状態でレ・ミゼラブルを読破するのは少しハードルが高いと感じるでしょう。かくいう筆者も、映画でレ・ミゼラブルを観ただけで果敢に原作を読み始めたのですが、1回目はストーリーを追うだけで精一杯でした。「脱線」が面白くなってきたのは、ユゴーについて書かれた本を読み、少しだけ歴史の知識を蓄えてから読んだ2回目以降です。

これより、「ユゴーの伝記なんてどこにあるんだ……」「歴史なんて高校で縁を切ったし、いまさら学びなおす気はないな……」という方のために、知っていると「レ・ミゼラブル」を10倍楽しめる情報をお教えします!

【ポイント1】ユゴーの人物像〜彼が抱く政治的思想とは?〜

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ユゴーは作家であり政治家でもありました。現代でもたまに、芸能人が政界進出することがあります。政治経験は少なくても、発信力の強さを生かして無名の政治家より支持を得ていたりしますよね。それと同様に、作家や学者などの「知識人」の政界進出は当時のフランスでよくあることでした。

では、ユゴーはどのようなポリシーを持って政治に臨んでいたのでしょうか?若い頃は母の影響で王政を擁護する立場にありましたが、次第に軍人である父の影響を受け、ナポレオンを崇拝するようになります。政治活動を始めてからは、民衆の貧困を目の当たりにしたことで、民衆を擁護する立場をとるようになりました。
ユゴーの思想の移り変わりは「レ・ミゼラブル」の第二の主人公、青年マリユスが再現しています。幾度も新しい思想に出会っては葛藤し、信仰を捨て、新たな答えを見出していく様子が、ユゴーの巧みな表現技術で綴られています。

そして、「レ・ミゼラブル」の中で繰り返し語られているユゴーの主張があります。それは、民衆の救済です。主人公のジャン・ヴァルジャンが、貧困のためにパンを盗んで捕まるのは有名な話です。彼はもともと悪い人間ではないのですが、長く苦しい徒刑期間で心が荒んでしまい、刑期を終えた直後にまた盗みを働こうとしてしまいます。
家族を救うため、生き延びるためにパンを盗んだとはいえ、それは決して善い行いではありません。しかしながら、このシーンからは「貧困という社会問題が犯罪に手を染める民衆を増やしてしまうのだ」というユゴーの強い訴えが伝わってきます。

「民衆を救い社会を良い方へと導くのは知識人としての使命である」と、ユゴーは強く自覚していました。そして、そのことが彼を政治活動や『レ・ミゼラブル』の執筆という行動に駆り立てたのです。

【ポイント2】時代背景〜19世紀フランスにおける小説の役割とは?〜

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原作を読む前に確実に押さえておきたいのは、フランス革命前後での時代の変化です。歴史が苦手な人でも、「民衆が団結して王政を倒した」ぐらいは知っていると思います。今でこそフランスには共和主義が浸透していますが、物語の舞台である1815年から1830年代にかけての政治情勢は非常に不安定でした。フランス革命はルイ16世の処刑を以って達成されたという見方もありますが、民主主義の達成はずっと後のことです。

革命を起こした人々の中でも急進派と穏健派の政治闘争がありました。その混乱を収束させたのがナポレオンです。ナポレオンは独裁政治で一時安定を築きました。しかし、その脅威を感じ取った周辺国は、ナポレオンを退位に追い込みます。ナポレオン退位後は、ウィーン体制と呼ばれる王政復活の動きがヨーロッパで始まりました。何万人もの人が命を懸けて倒した王政は、ルイ18世の即位であっさりと復活してしまったのです。

では、フランス革命とは結局なんだったのでしょうか?いまだに専門家の間でも議論が分かれる問題です。レ・ミゼラブルにおける脱線の中では、このような歴史的事実に対するユゴーの見解が明確に示されています。
(具体的にどのような見解を持っていたのかは、ぜひ実際に原作を読んでお確かめください。)

当時、小説は単なる娯楽ではなく、歴史や社会を知るための道具でもありました。特に政情が不安定な時代でしたので、読者は小説を読むことで自分たちがどんな時代を生きているのか知ろうとしました。
貴族やブルジョワ階級を歴史の主役として語る小説が多い中、民衆を歴史の主役においた点で『レ・ミゼラブル』は斬新な作品でした。物語は多くの民衆の心をつかみ、ベストセラーとなったのです。レ・ミゼラブルを読んで触発された民衆が、実際にその後の歴史を動かしていったとしたら、ユゴーとしては冥利に尽きますね。

『レ・ミゼラブル』の世界を堪能しよう

いかがでしょう。これだけ濃い情報が「脱線」の部分に凝縮されているのに、そこを読み飛ばしてしまうのはもったいないと思いませんか?
それでもいきなり原作に手を付けるのは不安!という方には、以下の順でトライすることをおすすめします。

1:映画を観て物語の概要を知る。
2:新訳(簡略版)を読み、映画では描かれていない詳細なストーリーを知る。
  永山篤一訳『レ・ミゼラブル (上)(下) 』(角川文庫)
3:解説書を読む。
  鹿島茂『レ・ミゼラブル百六景<新装版>』(文春文庫)
4:原作を読む。
  豊島与志雄訳『レ・ミゼラブル (1)~(4) 』(岩波文庫)

この記事をきっかけに、『レ・ミゼラブル』の真の魅力がより多くの人に伝わることを願います。

この記事を書いた人

『レ・ミゼラブル』の魅力は”脱線”にあった!原作から読み解くユゴーの真のメッセージ(文学ライター)

もな

ライター

茨城県出身、東京在住。
慶應義塾大学文学部卒業後、フロントサイドエンジニアとして働きながらクリエイターを目指して修行中。
新しいもの、変わったもの、美しいもの、かわいいものが好き。
休日はミュージアム巡り。

得意ジャンルは以下の通り。
・映画・ミュージカル
・音楽・文学・世界史
・旅行・教育関係
・ITサービス

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