医学生の“ゆるい”就活から考える、医師・医療情報との正しい向き合い方(医療ライター)

●ほとんどの医学部では、学部5年生から大学の附属病院などで臨床実習が始まる。1年前後臨床実習を行い、6年生になると国家試験対策が学生生活のメインに。2月の国家試験合格に向けてひたすら勉強をする。
●現行の制度では、診療に従事する医師は医学部卒業後2年以上の臨床研修を受けなければならず、研修を受ける病院は自分で選択しなければならない。多くの医学生は5年生の夏頃から研修病院探しを始め、6年生の夏休みに採用試験を受ける。
●一般的な就職活動と異なるのは、躍起になっているのは就職先であるという点。研修病院側医学生の就活は“超”売り手市場である。
●マッチング制度について。学生側は研修したい病院を、病院側は欲しい学生を1位から順に順位登録し、そのリストを第三者機関であるマッチング協議会に提出する。そこからアルゴリズムによって病院と学生の組み合わせが決まる。
●研修病院は働き手の確保に必死。やっとの思いで獲得した医学生も、卒試と国試にパスしなければ失ってしまうことに。
●近い将来日本に起こりうる高齢化/多死/孤立死。患者サイドにもリテラシーが求められている。

最近医師と話した日時を正確に覚えている人はどれくらいいるだろうか。歯科を除けば、健康な一般人の多くは会社や学校、自治体の健康診断などで年に1度か2度話をするくらいではないだろうか。
筆者は年1回の健診で再検査の通知がこない程度には健康な一般人だが、ほとんど毎日医師と連絡を取る生活をしている。理由は私の仕事だ。
私は医学生をはじめ看護学生、その他の医療職を目指す学生向けの書籍を作っている出版社に勤めている。書籍の執筆者はほぼ100%が医師であるため、必然的に医師と連絡を取り合うことが多くなるというわけだ。そして書籍のユーザーである医学生と関わる機会も多い。

これからご紹介するのは、医師のタマゴである医学生のリアルな姿である。読者の皆さんが想像する医学生像とはだいぶ違うかもしれないが、それを知ることで医師を見る目が変わり、巷間にあふれるあまたの医療情報との付き合い方も変わるかもしれない。これを読んで医学生・医師のイメージをアップデートしていただきたい。

医学生が研修医になるまで

医学部に入った大学生がどのようなステップを経て医師になるかご存知だろうか。「医学部には6年間通う」「国家試験がある」くらいのことは知っている人も少なくないと思うが、「医学部→???→医師」の「?」をここで埋めていこう。

ほとんどの医学部では、学部5年生から大学の附属病院などで臨床実習が始まる。1年前後臨床実習を行い、6年生になると国家試験対策が学生生活のメインになり、2月の国家試験合格に向けて、ひたすら机に向かう。
この、5年生から6年生にかけて、臨床実習・国家試験対策に並んで学生の興味関心を占めるのが「マッチング」いわゆる就職活動だ(マッチングについて詳細は後述する)。

超売り手市場!一般的な医学生の就活

現行の制度では、診療に従事する医師は医学部卒業後2年以上の臨床研修を受けなければならず、研修を受ける病院は自分で選択しなければならない。多くの医学生は5年生の夏頃から研修病院探しを始め、6年生の夏休みに採用試験を受ける。ここまでは他の大学生とあまり変わらないように思えるが、一般の就活と異なるのは、躍起になっているのは就職先である研修病院側、ということ。
ここ数年は一般の就活も売り手市場と言われているが、医学生の就活は“超”売り手市場。何しろ就職を希望する学生の数よりも就職先である病院側の定員合計の方がずっと数が多いのだ。(※2017年は募集定員11,014人に対して、参加者は9,726人)

つまり、学生はえり好みさえしなければどこかの病院には必ず就職できるという状況。一方で、病院サイドは研修医確保に必死!あの手この手で採用活動を行っている。全国で行われる合同説明会には研修医が駆り出され、医学生を必死に勧誘。病院見学を申し込んだ学生には往復交通費支給。宿泊場所を確保してくれる病院もある。
一般的に医学生は興味をもった病院に見学に行き、そこで雰囲気や人間関係などを見て2年間働けそうかを見極め、その後採用試験を受ける。試験を受けた学生は次にマッチングの順位登録というあまり聞きなれないステップに進む。

就職先はコンピューターで決まる!マッチング制度とは

学生側は研修したい病院を、病院側は欲しい学生を1位から順に順位登録し、そのリストを第三者機関であるマッチング協議会に提出する。そこからアルゴリズムによって病院と学生の組み合わせが決まる、というのがマッチングだ。アルゴリズムについて分かりやすい動画が協議会のHPに掲載されているので、興味のある方はそちらを見ていただきたい。

【参考】医師臨床研修マッチング協議会

前述したように超売り手市場であるため、結果的に1人も学生が入職しない病院も珍しくない。2017年は78病院が結果公表の時点で内定者0人だった。
医学生に研修に来てもらうには、まず病院のことを認知させ、次に興味をもって見学に来てもらい、そこから採用試験を受験してもらって、さらにできるだけ上位に順位登録してもらわなければならず、かなりハードルが高い。そして医学生はあまり研修病院選びで冒険をせず、仲のいい先輩が働いている病院などを選びがちな傾向があるため、余計にハードルは高いものとなる。
病院がやっとのことでそのハードルを飛び越え、虎の子の医学生を捕まえることができても、まだその医学生が研修医として病院に来てくれるかどうかは分からない。医学生の就活の恐ろしいところはここだ。

研修病院は決まっても研修医にはなれない?9割が受かる医師国家試験の難易度とは

マッチングによって翌年4月からの研修病院が決まったら、いよいよ医師国家試験(国試)の準備が本格化する。国試の前に医学生が挑むのは卒試、つまり卒業試験である。卒試にパスしないと卒業見込みとならず、国家試験の受験資格を得られないのだ。
ここには大学側の思惑も絡む。国試合格率を上げるため(医学部受験生への大きなPRになる)、卒試の段階で成績下位の学生をふるいにかける。大学によっては20人前後の学生が留年する。医学部は1学年が100人前後であるため、割合としてはかなり多い。

卒試をクリアした医学生が挑む最大の難関、国家試験。例年、医師国家試験の合格率は9割前後。これを「ほぼ全員受かる試験」と思ってはいけない。医学部に入って6年間進級試験をパスし続け、卒業試験も突破した全国の医学生の間に、大学受験のような学力的な差はあまりない。国試受験生のうち学力が下から3割の学生はボーダーライン上という厳しいものなのだ。
卒試や国試で不合格となってしまった学生も研修病院は決まっているのだが、当然就職はできない。定員が少ない病院ではやっとの思いで獲得した労働力が欠けてしまうという事態に陥る。

医学生はこのような道のりを経て、ようやく研修医となるのだ。

【まとめ】これから患者になる私たちに必要なもの

今後自分や家族の健康を委ねることになるであろう医師という人たちがどんな背景をもっているか、何となくお分かりいただけただろうか。
ここからはまとめに代えて、患者サイドである私たちに近い将来起こりうる事態について少し説明しておきたい。

これから日本に起こりうる問題〜高齢化/多死/孤立死

日本は少子高齢化社会がさらに加速する。2016年10月時点の高齢化率(総人口における65歳以上の割合)は27.3%を超え、約20年後の2036年には33.3%つまり3人に1人は65歳以上になると予測されている。医療に頼る人の割合が増えると国が負担する医療費は増大する。
ある医師は、いま自分が患者に対して行っている高額な治療は、自分が高齢になったときにできないのではないかと話す。現状では高額療養費制度という制度があり、患者負担は概ね1割以下で、残りは国が負担しているが、この先もこの状況が続くとは考えにくいためだ。

今後日本に起こるもう一つの側面は「死」に関わる問題である。日本は世界でもトップクラスの長寿国であるが、それでも人は必ず死ぬ。高齢者が増えることは、死亡する人の数も増えることでもある。死亡者が増加していく社会にあって、どうやって死ぬかをしっかり考えておかないといけない時代が来ている。
死ぬ場所は病院なのか自宅なのか介護施設なのか。延命治療はどれくらいしてもらいたいのか。家族など主たる介護者がいるのか。いない場合はどんな介護や看護サービスを受けられる環境を整えなければいけないのか。死にたいように死ぬためには、準備が必要なのだ。

患者/患者家族として求められるリテラシー

高齢化に伴って様々な問題が発生すれば、それをビジネスチャンスとしてとらえる人・企業も増える。中には怪しげな商品やかなりグレーなサービスも存在している。そしてそういうビジネスに名前を貸したり加担したりする医師がいるのも、残念ながら事実である。ほとんどの医師は日々目の前の患者に誠意をもって医療行為を行っているのだが、全員がそうではないという認識を、患者側の私たちは忘れてはいけない。地味に、地道に自分と向き合ってくれる身近な医師と、メディアなどでセンセーショナルに不安を煽る医師と、どちらに自分や家族の健康を委ねるか。問われているのは私たち患者のリテラシーだ。

この記事を書いた人

医学生の“ゆるい”就活から考える、医師・医療情報との正しい向き合い方(医療ライター)

只野まり子

ライター

宮城県仙台市出身、東京都在住。
医療系出版社勤務。医学生、研修医、医師、看護師などへの取材経験をもつ。趣味はLIVE参戦(平均で月1本)、スポーツ観戦(特に野球)、飲酒。

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