指(さ)さずに観るだけのファン「観る将」という新たなジャンルが登場するなど、いまだ人気に衰えを見せない国民的ボードゲーム、将棋。定跡や戦法など、将棋の世界にはファンの心を捉えるトピックがいくつもある。そして、なかでも私は「早指し将棋」というものに心をくすぐられている。
一手にかけられる時間が通常よりも短い対局形式、早指し将棋。プロ棋戦においても導入されており、将棋のオンラインゲーム界隈においてもこの早指し将棋が盛り上がりをみせている。とはいえ、この早指し将棋には批判的な意見も数多くあり、これもまた然り納得なのである。
「いいんだよ、そういう小難しいこたぁ。楽しく指せればさ!!」
もちろん、これもおっしゃる通りである。ただ、実際に将棋を指していくのであれば、「勝ちたい」「強くなりたい」と思うのが人の常。賛否両論を受け入れたうえで、早指し将棋に触れることが上達への近道ではなかろうか。
ということで今回は、賛否両論ある「早指し将棋」について考察してみたい。
早指し将棋とはなんぞや?
早指し将棋とは、指す一手に与えられた時間が通常よりも短い対局形式のことである。その例としては、テレビで放映されている「NHK杯テレビ将棋トーナメント」や「銀河戦」が挙げられる。
・「NHK杯テレビ将棋トーナメント」
持ち時間10分 切れたら一手30秒(1分単位で10回の考慮時間あり)
・「銀河戦」
持ち時間15分 切れたら一手30秒(1分単位で10回の考慮時間あり)
各棋戦によって設定されている持ち時間が異なり、名人戦のような二日制に比べると格段の差で勝敗が決まってしまう。
制限時間を一手30秒程度未満に設定することが通例とされいるが、ネット対戦などでは各自持ち時間2分で対局するものもある。どんなに勝勢で進めていても持ち時間が無くなると負け、いわゆる「切れ負け」である。
早指し将棋の醍醐味
私が初めて早指し将棋に触れたころは勝手がわからず、持ち時間が無くなる「切れ負け」の連続であった。基本は楽しむための将棋ではあるが、負けが続くとやはりストレスも溜まっていく。
では、どうすればよいのか? 私は考えた。そしてあることに気が付いた。
「相手よりも迷いなく指せばいいのか!」
当たり前といえばそれまでなのだが……。以来、私の勝率はあがっていくのである。迷いなく指すためのポイントは、以下の2つだ。
- 得意な戦法を持つこと
- 対局の流れを自分の呼吸(ペース)に持ち込むこと
早指し将棋は、一手数秒から数十秒の世界。よって、指し手に迷いが生じない得意技・得意戦法で挑むことが大切である。私の場合は、往年の将棋好きならお馴染みの「雁木戦法(がんぎせんぽう)」と「相振り飛車(あいふりびしゃ)」で勝率アップ、格上の相手と対戦しても勝ちを拾えることが多くなった。
早指し将棋が抱えるジレンマ
短時間で勝敗が決まり、呼吸さえ掴めば格上の相手にも勝つことができるという早指し将棋の醍醐味を紹介してきた。ただ、ここでひとつの疑問が生じる。
「勝つだけならばこれでOK。だが、本来の意味で上達はしているんじゃろか?」
これは早指し将棋に対する否定的な意見にも重なることであり、本来の目的を見直すポイントであるとも言える。
「鍛錬」と「勝負術」の側面がある
早指しに対しては、「指し回しが荒くなる」「筋が悪くなる」などといった否定意見も多くある。時間に追われながら指すため、確かに手拍子将棋になるのも事実。私も実際にそのような経験をしたことがある。
将棋でいうところの「第一感」、すなわち直感力を鍛えるにはもってこいではあるが、上記のようなデメリットもあるのだ。直感で指すことになるので、必然的に深読みができない着手になる。一手の意味を考えないと、悪いクセを身につけてしまうことにもなるだろう。
表現は悪いが……プロ棋士を目指す奨励会員や現役のプロ棋士は勝負に勝ってなんぼである。勝たねば奨励会員は退会の憂き目にあうことになり、プロである以上は勝つことが存在理由のひとつであるともいえる。
それゆえ、相手の持ち時間を削る「時間責め」も勝負術としては肯定されると考える。
(観戦者として見た際に「美しい」と感じるかは別問題ではあるが…..。)
正しく向き合わなければ「上達」はしない
ではアマチュアの場合はどうだろうか。勝つことだけが目的であれば肯定されるべきであろうし、私自身も連続王手で勝ちをもぎ取ったこともある。
結論から言おう。「手拍子将棋」でも「時間責め」でも勝つことはできる。しかし残念ながら、「強くはなっていないし、上達もしていない」のである!
正確に表現するならば、誤ったスタンスで「早指し」と向き合っているから上達しなかった。比較的長い対局時での勝率が変わらない、格上相手と戦った際には指し手に困って力負けすることがある、という点でこれを説明できる。
プロ棋士に学ぶ「早指し」との向き合い方
第一線のプロ棋士たちも、奨励会時代には頻繁に行っていたとされる早指し。彼らはどのようなスタンスで早指しと向き合ったのだろうか。どうやら、ここに本来の目的と魅力が隠されている。
現役で活躍している棋士たちも、奨励会時代には持ち時間の少ない将棋を指す。「緻密流」と呼ばれる佐藤康光棋士も、かつては「10秒将棋」や「10分切れ負け将棋」を指していた。
これは、少しでも多く経験を積むために行ったことであり、公式戦においての秒読み状態や直感力のトレーニングになったという。
花村元司氏に見る「早指し」の目的
ここで一人、早指しの考察において触れておきたい人物がいる。これまた往年の将棋ファンならニヤリとする方も多いであろう、花村元司氏である。真剣師(賭けを生業とする人)からプロ棋士へと転身した人物で、存命中は「東海の鬼」や「妖刀」と呼ばれる独特の棋風で人気を博した。
花村元司氏は、将棋の上達について以下のように述べている。
『みなさん、もしみなさんが強くなろうと思えば、一局を考え考えしながら指してはいけません。昼休み、一時間の休憩があるとすれば、弁当箱のフタを開けてメシをかっこむのが5分。そして、あとの55分で、少なくとも五局ないし六局の番数をこなしなさい。』
『将棋の強さというのは、つまるところ、力である。直感の鋭さにもとずく蛮勇な腕力である。けっして戦法だの戦術だのということではない。将棋は力であり、力の源泉は直感であり、直感の元は番数である。』
私を含めたアマチュア棋士で、特に停滞気味で伸び悩んでいる者には響く言葉ではないだろうか。同氏は戦法や定跡の大切さも認識しており、門下の森下卓棋士に対しては熱心に正統派将棋の指導をしていた。後に森下卓棋士は矢倉戦法のひとつである「森下システム」を考案する。
「早指し将棋」に触れ、さらなる将棋の深みへ
高段者であればじっくりと定跡や指し手を研究するほうが効果的であったりと、指す者の棋力や性格によって将棋との接しかたは変わってくるものだ。ただ、どちらにせよ向き合いかたや取り組みかたを誤れば目的を達成することは難しくなるであろう。
「なんでもいいの、勝てれば!」というスタイルも、楽しみかたのひとつである。とはいえ、多くの棋士たちが触れてきた「早指し将棋」やその他の将棋観を見つめ直すことも是非忘れないで欲しいと思う。これにより、より上達し本来の意味での強さを習得できるはずだ。そして、早指しを含めた将棋のさらなる奥深さに触れられるであろう。
最後に。
この記事を読んで、少しでも将棋に興味を持ってくれたのであれば幸いです。いつか何処かの街の道場で対局できたら最高ですね!