沖縄・生物夜間採集レポート〜闇夜の海で繰り広げられる生き物達の輝かしい営み〜(生物ライター)

●夜間採集を行うために降り立った、光源のない夜の海。暗闇を前に何を思うのか。
●新月の干潮の海では生き物達が数多くあらわれ、生き生きと動き回り普段見ないような行動や表情を見せてくれる。まるで別世界に来たようなワクワクを感じる。
●弱肉強食の世界に生きる生き物を捕まえるにはコツがいる。スピードと忍耐力と観察力をフルに使う。
●夜の海は昼の海に比べて危険が一杯。視界が限られるためにおぼつかない足元、満ち潮によって帰り道を見失う場合もある。毒がある生き物やカニのハサミにも注意。
●圧倒的な自然を前に思うこと。普段自分がどれほど自然から隔絶された世界に生きているのか。自然とは恐ろしくもあるが、同時に惜しみない感動も与えてくれる。

時は新月、人の住む場所からも離れ光源など一切ない夜の海。頼りは頭につけたヘッドライトのみ。明かりと言っても確保できる視界は3歩先位なもので、少し先に何らかの水死体があったとしても目の前に来るまで気づかないだろう。目の当たりにするときはスポットライトを浴びせた状態の至近距離、トラウマ間違いなし。そんな出会いがないことを一歩一歩祈りながら歩く。

なんだかホラーめいた描写であるが、これは沖縄の海に生物の夜間採集へ行ったときの状況だ。カニの研究をしている生物学者がカニを集めに行くというので同行させてもらうことになり、光を嫌う生き物が活発に動く新月の干潮時に、磯へとカニ採集に向かった。昼間の海には何度も行ったことがあったが、夜は初めてだ。

<ゾウリエビ>日中は岩陰に隠れていてほぼ姿を見せることはないが、夜は動き回って餌を探している。岩の壁に張り付いていたのを捕獲後にリリース。

夜の海はまるで異世界。強大な闇を前に沸き上がる恐怖との戦い

昼は色とりどりの魚が泳ぎエメラルドに輝く海だが、夜は黒一色に染まる。海の水は真っ黒にうごめいてどどぉ……どどぉ……と腹に響く様な低い波音を立てる。重みを感じる湿り気を帯びた潮風が常に体にまとわりつき、隙あらば磯だまりに落とそうとするかの様に押してくる。

こんな状態に置かれると、ついオカルトに思いを馳せてしまう。海坊主、舟幽霊、リングの貞子などが連想されてしまい、昔の人は闇が身近だったから色んなモノが生まれてきたんだろうなとヒシヒシと感じた。オカルトもそうだがもっと怖いのはこんなところで鉢合わせる生身の人間ではないだろうか。良からぬ工作員だったらどうしよう、目撃してはいけない場面を見てしまったらどうしよう、もしかして暗視スコープで潜んでいる人がいるかもしれない……などと思い、つい背後を何度も振り返り意味もなく威嚇するのであった。

<オトヒメエビ>こちらも夜行性のエビ。一生をつがいで過ごす。磯だまりにて発見。

ライトに浮かぶ生き物の楽園。昼間とは全く違う夜の表情

そんな状況なので、光があるとすぐ目に入ってくる。足元の潮だまりの洞窟がまるで星空の様に輝いている。覗き込んでみると、それは全てエビの目だった。たくさんのサラサエビの目がヘッドライトを反射して光っており、少し緑がかった小さな光の粒がとてもキレイだ。昼は姿をあらわすことはほぼないのに、夜は星空と見紛うほどに出てきているのかと驚いた。

夜の海は生き物であふれていた。少し目を凝らしただけで、あちこちで生き物がざわざわと動いていることが分かる。眠っているベラやハゼ、食事に夢中なカニ、仲睦まじいオトヒメエビのカップル。どれも昼間より油断した感じで自由気ままに動き回っていて、変な表現ではあるが「人が変わった」様に感じた。カニにしても、大きなサイズのものが出てくるのこともあるので驚く。昼間は一体どこにいるのか、夜にだけ魔法の召喚陣から沸いてくるのか、と思えてしまうほどのギャップがある。

<ウモレオウギガニ>カニ界一の有毒種。肉1gでマウス16,800匹の致死性がある。毒は主に筋肉中にあるので基本は食べなければ大丈夫。岩の上を歩いていたところを捕獲。

いざ採集!スピード・観察力・忍耐力をフルに使おう

採集方法は色々あるが、基本は原始的だ。軍手をはめた手で岩をひっくり返すと、その瞬間にカニ・ヤドカリ・ハゼ・ヒトデなどがパニックになりながら逃げ惑うので、そこから狙いの種を素早く掴む。何が出るかひっくり返すまで分からないワクワク感と、瞬時に獲物を見定めて退路を断ちながら捕まえるドキドキ感が面白い。

イボイワオウギガニなど、岩の隙間に隠れるタイプは持久戦。一度逃げられても、穴の側でジッとしていると数分後にはソロソロと出てくるので、自分の捕獲スピードがカニの穴に逃げ込むスピードに勝った瞬間に捕まえる。この際、穴を棒か何かで塞いでおくとより効果的だ。
そんな知恵比べもあるが、日々弱肉強食の世界にいる生き物達は身を守る術を極限まで高めていると言っても過言ではない。カモフラージュを極めた生き物はちょっとやそっと眺めただけではその存在に気づけないので、よく目を凝らしてほんの少しの違和感を感じる観察力や、生き物の好きそうな隠れ場所を想像できるような発想力があると良い。

<イボイワオウギガニ>波打ち際の岩の穴の中に潜んでいる。気性が荒く、マッチョなので挟まれると危険。

海に潜む危険に注意せよ!毒を持つ生き物・カニのハサミ・迫る満ち潮

海には毒のある危険な生き物もいるので、慎重さも必要だ。イモガイやウミケムシ、ガンガゼやクラゲなどが周りにいないか常に意識し、むやみに岩の中や海藻に手を突っ込まない様に注意しなければならない。危険な生き物の知識も身の安全のために必要になる。
今回はターゲットがカニだけに、ハサミにも注意だ。特にイボイワオウギガニなどはかなりのマッチョで気性も荒い。素手では掴まず、道具を使うか手袋をした手で甲羅をシッカリ確保し、決して無理はしないことが大切だ。

注意すべきは生き物そのものだけではない。夢中になり過ぎて動き回ってしまうことも夜の海では危険である。辺りは闇一色なので、方向感覚も無くなる。波の音がする方が海なのは分かるが、自分が来た道などは簡単に見失うので、満ち潮になったときに陸路を無くしてしまいそうになる。実際ちょっと迷ってしまった。方向は大体分かるが、何度も水路にぶち当たってしまってその都度方向転換。水路もそんなに深いわけではないが、夜の海の水はそれだけで恐ろしい威圧感がある。
陸は見えてるのにたどり着けない!どんどん気持ちが焦り、潮も満ちてくる上にひっきりなしに聞こえる波の轟音は容赦なく恐怖を掻き立てる。こんな開けた場所でも遭難ってあるんだなぁ、いざとなれば水路を泳ぐしかないのかなぁ、とビビりキャラが炸裂している中、場数を踏んでいる生物学者に連れられ無事に生還。

<タカラガイの殻>かつては貨幣としても使われていた美しい貝。飾りやお土産にも人気。中身はもう死んでしまって存在しないが、殻は波打ち際によく落ちている。

圧倒的自然を前に思うこと。現代社会に生きるヒトが味わう感動と気づき

実際に生き物達の生きる時間と場所に身を置くと、普段自分が自然だと思っているものはすごくコントロールされていて、本当の自然はほんのごく一部しか見えてなかったんだなと思う。特に今回は夜の暗闇、波の音、悪い足場に狭い視界、常に様々な危険に気を配らないといけない状況に自然の怖さを感じた。そして自然の中に放り出されたときの人間の弱さ心許なさ、現代の人間がいかに自然から離れているか実感した。

自分の知らない場所で繰り広げられている生き物達のたくましい日常が垣間見える夜間採集はとても面白く、生き物達の生き生きとした姿は怖さを吹き飛ばす程の感動を与えてくれた。たまには野生に帰り、全身の神経を研ぎ澄ませてみるのも生物としての活力が湧いてきて良いものだ。

ちなみに、闇にビビりつつカニとの知恵比べに敗北しながらも捕まえた数匹の生き物達は施設に運ばれ、大事に飼育され研究の役に立ってくれているそうだ。

この記事を書いた人

沖縄・生物夜間採集レポート〜闇夜の海で繰り広げられる生き物達の輝かしい営み〜(生物ライター)

田中陽子

ライター/イラストレーター

自然・生き物大好きな鹿児島生まれ関東在住。動物園の檻の前では20分以上立ち止まり観察する。自然科学系施設での職務経験やフィールドワークにより日々マニアックな知識を蓄える。また、生き物の知識を活かしたイラストも手掛けている。趣味は旅行。日本はあと3県でコンプリート。歴史文化神社仏閣など古いものもこよなく愛す。読む人が追体験できる様なワクワクする文章を心掛けている。

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