金融機関向け雑誌の編集記者として働く筆者は、ここ数年資産運用会社とやり取りする中で最も見聞きしている言葉がある。それが「ESG投資」だ。ESG投資といえば株式のイメージが強かったが、最近ではそれ以外のマネジャーも当然のようにESGという言葉を使うようになっている。
そこで、ESG投資の歴史的な背景や手法などを改めて確認するとともに、株式以外でのESG投資ではどのような分野で投資が行われているのかを明らかにしたい。今回は、年金積立金管理運用独立行政法人(GPIF)が世界銀行と共同調査を行うなど国内でも注目を集める債券や、GRESB(グローバル不動産サステナビリティ・ベンチマーク)の普及が進む不動産の実態について紹介していく。
世界が注目する「ESG投資」とは一体なんなのか
2020年1月、運用資産残高世界1位のブラックロックがついにESGを軸にした運用を強化すると表明し、世界に大きなインパクトを与えた。そして、その直後に開催されたダボス会議では、株主至上主義を超えてより多くのステークホルダーを意識した新たな資本主義の必要性が語られた。資産運用において、ESG投資がもはや主流となっていることを象徴する出来事が、今年に入ってから立て続けに起きている。
そもそもESG投資とは、従来の財務情報のみならずE(環境)、S(社会)、G(企業統治)の3つの非財務情報を考慮した投資を指す。古くは1920年代にキリスト教団体が、アルコールや武器などを製造する企業への投資は好ましくないと規定したことから始まったとされる。
1960年代以降、欧米を中心に環境問題や人種差別といった社会問題へ関心が高まり、運用業界でもこうした問題を考慮する投資が動き始めた。そして2006年、当時の国連事務総長アナン氏が責任投資原則(PRI)を策定したことにより、世界中でESG投資が一気に加速した。
E・S・Gというそれぞれの非財務情報を考慮するのがESG投資なのだが、実際にはどのような方法で投資が行われているのだろうか。日本サステナブル投資フォーラム(JISF)が毎年運用会社を対象に行っているアンケートでは、ESG投資の手法について下記の7つに大別している。
- ESGインテグレーション
- ポジティブ(ベスト・イン・クラス)・スクリーニング
- サステナビリティ・テーマ型投資
- 議決権行使
- エンゲージメント・株主提案等
- ネガティブ・スクリーニング
- 国際規範に基づくスクリーニング
この分類の「議決権行使」や「エンゲージメント・株主提案等」といった手法から見ても、ESG投資は元来株式投資がその中心を担っていた。しかし、同アンケートから2019年時点での日本における資産ごとのESG投資の現状を確認すると、興味深いことがわかる。
2018年時点で債券におけるESG投資額は約28兆円だったが、2019年には146兆円に達し、株式を抜いて全資産中1位の資産残高になっている。ESG投資は、債券分野にも急速に浸透しているのだ。
債券ESG投資の潮流、株式だけではないエンゲージメント
日本に先行して欧州およびカナダにおいては、2016年の時点ですでにESG投資の資産残高は債券が株式を上回っていた。こうした債券におけるESG投資の広がりは、運用会社だけではなく大手格付機関もPRIに署名したことや、ESG要素を考慮したETFの普及などがその理由にある。
日本においてはGPIFが世界銀行とともに共同研究を実施し、債券投資においてESG要素を考慮することでリスク管理強化につながるとの旨を発表するなど、債券におけるESG投資の普及を後押ししている。GPIF自身も、債券においてESGインテグレーションを用いた投資を行っているのだ。
PRIによれば、債券でESG投資を行う場合、最もよく使われる手法がESGインテグレーションであり、その残高は9.6兆ドルに上る。次に多いのがESGインテグレーションとスクリーニングを合わせたもので、5.8兆ドルとなっている。
債券投資において議決権は当然なく、エンゲージメントといった企業との対話を行う手法もあまり使われていないのが現状だ。しかし、PRIでは社債投資においてもエンゲージメントを推奨しており、投資家と企業との相互理解が深まることや財務リスクの低減などを、その効果として挙げている。今後は社債投資においても、エンゲージメントを取り入れた投資が拡大することが予想される。
そうすると、株式と債券という立場の違いから、同じ企業への対話であっても企業に求める内容が真逆になる可能性もある。企業側に多様な投資家へ深い説明が求められることはもちろん、投資家側にも企業が各方面からの対話を受け、どう歩もうとしているかを理解する必要があるだろう。
グリーンで健康かつ快適な建物を志向する不動産ESG投資
続いて、不動産におけるESG投資の動向についても確認しておきたい。先述したJSIFの2019年度のアンケートを見ると、不動産投資の伸びが顕著であることもわかる。これは債券とPEに次いで3番目に高い値であり、前年比で46%も増加している。
不動産投資においては、もともと各国に建物の環境性能をさまざまな角度から測るグリーンビルディング認証制度がある。日本にはCASBEE(建築環境総合性能評価システム)と呼ばれるツールがあり、不動産の環境性能などを測ることで、ESG要素を考慮した投資が可能だ。
こうした評価はグローバルでも存在し、それが2009年に誕生したGRESB(グローバル不動産サステナビリティ・ベンチマーク)だ。これにより、グローバルに統一された基準で不動産のESG評価を行えるようになっており、ESG投資の拡大とともに存在感を増している。
ESGの中でもどちらかといえばE(環境)と結びつきやすい不動産だが、近年ではS(社会)にも注目が集まっている。2016~2018年に行われたGRESBの評価では、通常の項目に追加して不動産の快適性と人への健康を評価する項目が任意参加ながら設置され、これが2019年から評価の中に組み込まれた。
また、2019年から国土交通省でも「ESG不動産投資のあり方検討会」を定期的に開催している。そこでは、今ある認証制度のCASBEEに追加し、健康・快適なビルを認証する新たな認証制度を検討している。環境に優れた不動産だけではなく、社会や人にも配慮した不動産への投資が、これからの主流となりそうだ
ESGは資産運用の新潮流、債券と不動産にも新たな投資機会が
ESG投資は、今後の資産運用においてメインストリームとなる。ESG投資といえば株式のイメージもあったが、債券や不動産といった資産にもESGが波及している。債券のESG投資ではエンゲージメント、不動産のESG投資では環境だけでなく社会にも配慮した不動産がそれぞれのカギとなるだろう。