登山やキャンプなど、さまざまなアウトドアアクティビティが人気の昨今、街中でもアウトドアブランドのレインウェアを着こなしている人を見かけることが多い。厳しい自然環境下での使用を想定したレインウェアは、当然街中で優れた機能をすべて発揮できるとはいえないが、ゲリラ豪雨や災害時など、いざというときに持っておくと心強い。
肌寒いときにはサッと羽織ってアウターとして使ったり、急に雨が降り出したときには傘や合羽代わりになったりと、汎用性がとても高い。さらに、湿度を逃がす透湿性を兼ね備えているので、梅雨の時期や夏のムシムシとした雨でも着用時の不快感が軽減される一面も。
これらの機能は、一般的な洋服や雨合羽にはない「メンブレン」と呼ばれる特殊なフィルムに秘密が隠されている。聞き慣れない単語だが、仕組みや構造はとてもハイテクで、奥深さを知ればきっと驚くこと間違いなし。そこで今回は、学生時代から山にハマり、山小屋で働いたこともあるほど登山好きなライターである私が、メンブレンがどういうものなのかを解説することで、レインウェアの魅力を知ってもらおうと思う。
「ただの雨合羽」とは言わせない!レインウェアのイロハを知ろう
ここでいう「レインウェア」とは、アウトドア、特に登山用としての防水ウェアを指す。街中とは違い、雨宿りできるような温かい建物や風雨をしのげる丈夫な場所が限られる登山時には、雨に濡れることが低体温症などの命を落とすリスクにもつながりかねない。そんなシーンを想定して作られたレインウェアは、着用者の安全を担う重要な装備のひとつでもある。
そのため、一言で防水ウェアといっても、その性能はコンビニや日用品店で買える雨合羽とはひと味違う。防水性能を測る数値として「耐水圧」というものがあるが、これは1cm四方の一面あたりどれだけの水の浸透を防ぐことができるかを測定したものだ。一般的な傘では300~1,000mmのところ、登山用のレインウェアは少なくとも10,000mm、通常は20,000mm以上のスペックを誇るものが多い。実に10倍以上の防水性能だ。
また、登山は自分の足で長距離を歩くため、降雨時でも汗をかくことが多い。そこで、より快適に歩けるよう、ウェア内のムレ度を測る「透湿性」も重要なポイントになる。これは24時間で1平方メートルあたり何グラムの水蒸気を外に逃がすことができるかを測定したもので、ランニングのような激しい運動の場合は1時間で1,000g、24時間で24,000gの汗をかくといわれている。そのため、登山用のレインウェアも10,000~20,000g、中には30,000gといった高い水準の透湿性を持つものが、多く製造されている。
このように、ただ雨をしのぐだけの傘や雨合羽とは違い、高レベルの機能が備わったハイテクウェアが登山用レインウェアというわけだ。そして、この防水性と透湿性の秘密こそ、次に紹介するメンブレンにある。
レインウェアの根幹部!「メンブレン」こそが防水と透湿の柱である
メンブレン(membrane)とは「膜」を意味する英単語で、皮膚や薄いシート状のものを指すことが多い。レインウェアにおけるメンブレンとは、端的に説明するならばウェアを構成する薄いフィルムのこと。メンブレンは特殊な製造法で作られており、素材もメーカーやシリーズによってさまざまである。
例えば、防水透湿素材の王様「GORE-TEX(R)」は、雨などの水を吸収・透過しない防水性と、水蒸気を透過させ、ムレの原因となる湿度を調整する透湿性を持つよう加工されたePTFE(エクスパンデッド・ポリテトラフルオロエチレン)というフッ素樹脂で作られている。また、その他にPU(ポリウレタン)系がある。メンブレンの素材や製造方法に違いはあれど、樹脂フィルムが優れた防水透湿性を生み出していることは同じで、メンブレンこそが防水性と透湿性を支える柱といえる。
2種類のメンブレンは一長一短?構造を理解して心強いパートナーを選ぼう
メンブレンには大きく分けて、「多孔質メンブレン」と「無孔質メンブレン」の2つの種類がある。多孔質とは文字通りメンブレンに微細でたくさんの穴が空いたもので、無孔質のものにはその穴がない。どちらも防水性と透湿性を兼ね備えていることに変わりはないが、性能の構造的に大きく異なる。
多孔質タイプの穴は水滴などの大きな粒子は通さないが、水蒸気のような細かな粒子であれば通るよう設計されており、これにより雨がウェア内に侵入するのを防ぐ一方で、汗をかくことで発生した水蒸気を外へ逃し、湿度の上昇を軽減させる働きがある。これは外気と内気の湿度差(=空気中に含まれる水蒸気量の差)を利用しており、多湿化した内気から、より湿度の低い外気への水分子が物理的に移動することで実現している。
もうひとつの無孔質タイプは、穴が空いていないため水の侵入する隙がなく、構造的に防水性能が高いことが特長だ。代わりに透湿性が失われているのかというとそうではなく、無孔質メンブレンは素材そのもの(正しくはメンブレンを構成する水酸基)がウェア内の水分子と化学結合して保水、その後気化して外気に排出されるというメカニズムで湿度循環を行っている。無孔質メンブレンは、物理的に水蒸気の排出を行う多孔質メンブレンとは異なり、化学的なシステムでウェア内の湿度を保っていることがわかる。
この2種類には、それぞれ異なる長所と短所が存在する。多孔質メンブレンは、メンテナンスさえすれば劣化しにくく、長期にわたって使用できる。しかし、膜に穴が開いているという構造上、薄くするほど引き裂き強度が下がってしまうという欠点もある。登山において、装備が軽くなることは負担の軽減やパフォーマンスの向上につながるとあって、各メーカーの軽量化競争は目まぐるしい。当然メンブレンにも軽さを求め、より薄くしようと開発が進められているが、多孔質メンブレンは強度の問題もあり難しいようだ。
一方で、強度の問題がないのが無孔質メンブレン。加えてストレッチ性もあり、軽くしなやかに着ることができるウェアが多いのは利点といえる。しかしながら、経年劣化が早いという弱点もある。紫外線や熱などその理由はさまざまだが、水と化学反応して起こる加水分解によって劣化が早まることが多いようだ(加水分解による劣化はPU系の欠点であり、無孔質タイプはすべてPU系だが、一部多孔質タイプでPU系のものもある)。
それぞれ2つのタイプのメンブレン。構造的な違いによる長所と短所をきちんと理解した上で使用すれば、性能を十分に発揮し、アウトドアはもとよりタウンユースでも心強いパートナーになってくれるはずだ。
メンブレンを生地でサンドイッチ!?レイヤーの組み合わせで性能も掛け算に
レインウェアには欠かせないメンブレンだが、実際の製品では単体で使用されているわけではない。製品として私達の手に届くときには、大きく分けて3種類のパターンが存在する。
まずは2レイヤー(2層)タイプのもの。防水透湿性は高いものの、使用しているうちに木の枝や岩に引っかかって摩耗したり、破けたりする恐れもある。それを防ぐため、通常は撥水加工したナイロンなどを表地としてデザインされているものがほとんどだ。これが、2レイヤー(2層)と呼ぶゆえんである。
しかし、内側がフィルム状のメンブレンとなってペタペタと肌にくっつくため、あまり快適とはいえない場合が多い。また、その状態ではメンブレンが空気に触れず、透湿効果も落ちてしまう。そこで、さらに裏地を取り付け、サンドイッチのようにメンブレンを挟んだタイプも3レイヤーとして製品化されている。レインウェアといえば3レイヤーのものがスタンダードで、2レイヤーと比べ、耐久性も高いのが特長だ。
また、この2つの中間タイプも存在する。それが数年ほど前から台頭し始めた2.5レイヤーだ。内側の肌触りをよくするよう、メンブレンに裏地ではなくドット状の加工をすることで皮膚との接地面積を減らしたものだ。裏地がないので、その分3レイヤーよりも軽いというメリットがある。最近では種類が増え、3レイヤーと並ぶ豊富さを見せている。先程、登山業界では軽量化が一大テーマとなっていると述べたが、これもまさしくその傾向が現れている一例だろう。
このように、メンブレンを軸に生地や加工を施すことで、製品化しているレインウェアには2レイヤー、2.5レイヤー、3レイヤーの3つがある。この3種類とメンブレン数種類とを組み合わせることで、実にさまざまなレインウェアが生み出されており、レインウェアの性能差や可能性、奥深さが広がっている。
メンブレンも魅力の一部!レインウェアの世界は奥深い……
登山用具の花形でもあるレインウェアの性能を大きく左右するメンブレン。試行錯誤と実地試験で得られた成果をもとに開発されたメンブレンは、まさしく科学と研究の結晶といえる。しかしながら、今回紹介したのはあくまでもメンブレンというレインウェアの一面に過ぎない。
実際の製品では、裁断パターンと縫合、シーム処理、デザインなどによって、フィールド上の性能は千差万別。正直にいうと、メンブレンだけではレインウェアの性能を語り尽くすことができない。しかし、だからこそレインウェアにはまだまだ紹介できない魅力が詰まっているともいえる。
今回ご紹介したメンブレンをきっかけに、山に登る人も登らない人も、さまざまなレインウェアを手に取って、自分に似合うピッタリの一着を探してみてはいかがだろうか。