「焼き栗1粒100円」の背景に迫る。松尾栗園での作業を通して感じた生産者のこだわり

●松尾栗園は輪島市に位置し、主に焼き栗を販売している。
●園主・松尾和広さんはもともと栗に興味がなかった。しかし今では栗一筋の生活を送っている。
●朝は4時起きで栗の収穫に向かう。「落ちている栗はその日のうちに拾う」「イガも拾う」というこだわりがある。
●収穫後に選果作業。松尾栗園の収入とお客様の信頼に関わる。「厳密な選果基準をもうけている」「あえて人を雇って作業する」というこだわりがある。
●身近な食べものであっても、実は知らないことだらけ。食べものには生産者の想いが詰まっている。

秋を代表する味覚、焼き栗。最近では剥かれた状態のものも売られており、以前にも増して手軽に食べられるようになりました。では、その栗は誰が剥いているのでしょうか。そして、誰がどこでどのように栽培した栗なのでしょうか。この問いに答えられる人は少ないと思います。

私たちは、値段や見た目などの表面的な情報で食べものの価値を判断しています。多くの場合は、それしか情報がないので仕方がありません。これはすなわち、生産者の想いが私たち消費者に届いていないことを意味しているのです。食べものの裏側に目を向け、私たちに届くまでのストーリーを知ることは、表面には現れない真の価値を理解することにつながるのではないでしょうか。

例えば“1粒10円の栗”と“1粒100円の栗”を表面的な情報だけで比べれば、ほとんどの人が100円の栗を「高い」と一蹴し、安いほうを買うと思います。この2つは作られている背景がまったく違うため、本来は値段だけでは判断できないはずなのですが……。

「作り手の想いが消費者に届いていない」ということを、私は農家さんのお手伝いをするなかでしみじみと感じてきました。また、生産現場に行って初めてわかったこともたくさんあります。そこで今回は、私が体験してきた栗農家の日常をお伝えしようと思います。これを読んで作り手の想いを知れば、表面には現れない食べものの奥深さを感じられるのではないでしょうか。

それでは、知っているようで知らない栗の世界にみなさんをお招きします!

松尾栗園の基礎情報

今回ご紹介するのは、能登にある松尾栗園です。ここでは主に焼き栗を販売しています。

能登について

「能登」は、石川県の能登半島を指します。能登半島は北部・中部・南部の3つに分かれており、半島北部は奥能登と呼ばれています。奥能登を構成するのは輪島市・珠洲市・穴水町・能登町です。松尾栗園は輪島市に位置し、この市には輪島朝市や白米千枚田など有名な観光地も多数あります。奥能登で栽培される栗を「能登栗」といいますが、これは地域ブランドであり品種名ではありません。

松尾栗園の園主・松尾和広さん

園主の松尾和広さんは、元サラリーマン。2005年に能登へ移住し、翌年に栗農家として独立しました。もともと能登や栗に興味があったわけではなく、ただ人とのコミュニケーションから逃れる手段として、たまたま栗を見つけたそうです。まったく知識がない状態からスタートし、最初はアルバイトと掛け持ちで農業をしていました。

そんな生活を続けること3年。栗だけで生計を立てられるようになるまでの苦労は計り知れませんが、松尾さんは「一度も辞めたいと思ったことがない」ほど能登栗のおいしさに惚れ込んでいたようです。現在も栗一筋で、最近では地元のシェフと共に新たな商品開発を試みています。

栗農家の知られざる日常~9月のとある一日~

松尾栗園では、栗の収穫期にアルバイトを募集しています。筆者は住み込みで栗に関する仕事を2週間ほど体験してきました。この実体験をもとに、栗農家の日常を紹介します。

1日のスケジュール

これはあくまでもアルバイトとしてのスケジュールですが、朝早くから栗を収穫し、夕方頃まで選果する日々を送っていました。栗にも落ちる時期と落ちない時期があり、ピーク時には21時まで選果が続いた日もありました。

収穫

栗拾いというと「木のかごを背負って、トングで一つひとつ拾う」イメージがあるかもしれません。しかし、栗で生計を立てるうえでそれは現実的ではありません。また、栗は必ずしもイガに包まれた状態で落ちてくるわけではなく、辺り一面に散乱していることもあるのです。

栗は落ちてからどんどん鮮度が悪くなっていくため、今落ちている栗は今拾わなければ商品になりません。そのため、収穫期はどんなに雨が降っていても、どんなに風が強くても、毎朝必ず畑に行きます。

松尾栗園では、栗だけでなくイガも拾います。栗が落ちる際、イガに当たって傷がつくのを防ぐためです。栗の収穫ルートはおおよそ決まっており、1周目は栗だけを拾い、最後まで行ったらもう一度最初に戻ります。そして2周目に栗の拾い残しがないかのチェックも兼ねてイガを拾います。イガを拾わなければ1周で済みますが、松尾栗園では2周するので、イガを拾っていない農家に比べると2倍の労力がかかっているのです。

松尾栗園の焼き栗は調味料や添加物を使用しておらず、素材の味がすべてです。そのため、焼き栗にするには品質の良い栗を拾わなければ何も始まりません。収穫期の2ヶ月ほどで、1年分の生活費が決まるといっても過言ではないのです。

選果

栗を収穫し終えたら、まずは水で洗います。ここで水に浮く栗はおいしくないため、焼き栗にはしません。水に沈んだ栗だけを選果していきます。選果とは、簡単にいえばサイズや品質ごとに栗を分ける作業のことです。

松尾農園では、選果した栗を以下の4つに分類しています。

(1)焼き栗用
(2)病気の疑いがあるもの
(3)加工品用
(4)廃棄

選果後は1ヶ月間貯蔵して栗の甘みを引き出すのですが、(2)は貯蔵後にもう一度選果して、焼き栗にできるかどうかを再度判断します。

選果は機械よりも人間のほうが精度が高いそうで、松尾さんはあえて人を雇って作業します。選果中のルールは、人の目を見て話さないこと。口は動かしてもいいのですが、目は常に栗しか見ていません。

焼き栗として売れる栗は1粒100円以上の価値を持ちますが、加工品用の栗は1/10の価値になります。焼き栗用を加工品用にしたら大損害ですし、加工品用を焼き栗用に入れたらお客様の信用を失いかねません。焼き栗になるまでの一つひとつの工程に、松尾さんのこだわりがありました。

1粒100円超の焼き栗にはこだわりのストーリーがあった

冷蔵保存が終わると、栗に切れ目を入れてついに焼く作業に入ります。栗の品種ごとに焼く時間を変えたりと、焼くときのこだわりもありますが、私が実体験としてお伝えできるのは選果作業までです。それでも、収穫・選果だけでもかなりの手間がかかっており、それが付加価値を生み出していることはおわかりいただけたのではないでしょうか。

約1ヶ月後、栗が最高糖度に達した際に、収穫のピーク期に21時まで選果したときの焼き栗を送ってくださいました。なぜこんなに甘いものができるのか、なぜこんなにおいしいのか――。そこには焼き栗ができるまでの過程を知っているからこその味わいがありました。表面的に見ると栗1粒100円は高価に思えますが、その裏側には松尾さんの栗に対する想いやストーリーが秘められていたのです。

普段何気なく口にしているものも、実は知らないことだらけ。たまには食べものの裏側に目を向けて、当たり前を見直してみてください。

松尾栗園HPには、ここで紹介しきれなかった情報が満載です!

この記事を書いた人

「焼き栗1粒100円」の背景に迫る。松尾栗園での作業を通して感じた生産者のこだわり

尾形希莉子

ライター

神奈川県出身、在住。
「面白そう!」を原動力に、全国各地を飛び回る。生産現場を訪れて一次産業の魅力を発信中。食べ物には目がない。身近なものの裏側が好き。

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