源氏物語を分析!紫式部が込めた現代に生きる私たちへのメッセージを探る

●光源氏とは、平安時代に代表される作家・紫式部の作品「源氏物語」の主人公のこと。
●光源氏は貴族の中でも低い身分でありながら、宮中の女性を虜にした相当なプレイボーイだった。さらに、後に自身の息子が天皇になるなど大出世を果たす。
●光源氏が特に愛した女性が葵の上。しかし、彼女に嫉妬したほかの女性に呪い殺されてしまう。葵の上は生活には困らなかったが、一女性として自らの自由が失われ、心のどこかでは物足りなさを感じながら亡くなった。葵の上は、「自分の意思を強く持った生き方をしてほしい」と世の中の女性に訴えていた。
●源氏物語のテーマは、恋愛・権力闘争・栄枯必衰である。源氏物語の中では、華々しいイメージの光源氏をはじめ、周りの女性たちは誰一人幸せにならずに一生を終えるところに物語の「闇深さ」を感じる。
●源氏物語には、光源氏や葵の上の生涯を通し、「人間としての豊かな生き方」を考える紫式部からのメッセージが込められていた!歴史好きの筆者が、さまざまな史実と絡めて、源氏物語のテーマを紐解いてみる。

日本人なら一度は目にしたことがあるだろう「源氏物語」。平安時代、紫式部によって書かれたベストセラー小説である。

紫式部は、結婚後3年ほどで夫と死別。その寂しさを忘れるために物語を書いたことが、源氏物語の始まりである。源氏物語は完成度の高さから、その後も鎌倉時代、江戸時代、そして現代でも研究され語り継がれてきた。

歴史と旅行好きな筆者は、京都府・宇治市にある「光源氏ミュージアム」を観光し、源氏物語の作り込まれた内容、作品背景の奥深さに感動した。紫式部は源氏物語の中で、恋愛や貴族同士の権力闘争、出世への欲望を生々しく描いており、物語はなんと登場人物が誰一人ハッピーエンドにならずに終了してしまうのだ。

紫式部は、自らの主張や思想を登場人物の生き様に描写して表現している。つまり、紫式部が物語を通して読者に伝えたかったことは、光源氏や葵の上の生き様から読み取ることができるのだ。それは「人を敬うことの大切さ」「人生における意思決定の重要さ」といった、“人間としての豊かな生き方”を考えるためのメッセージであり、物語を紐解いていくと、より具体的に紫式部の価値観がわかる。

歴史好きの筆者も平安時代に書かれた文学に対して難しそうなイメージを持っていたが、決してそんなことはない。意外と現代人が読んでも面白いと思うだろう。歴史が苦手な方も、ひとつの物語として源氏物語に触れてみてほしい。

光源氏のこじらせ女性遍歴

光源氏は、天皇と桐壺の間に生まれた美少年で、母・桐壺は光源氏が3歳の頃に亡くなってしまう。その後、継母の藤壺に育てられることとなる。

光源氏は幼子のうち実母を亡くした経験から、母の面影を求めて数々の女性と関係を持つようになる。主要人物は継母の藤壺、藤壺の姪の葵の上、光源氏の亡き兄の嫁である六条御息所、兵庫への出張先で出会った明石の上など。光源氏が心を魅かれるのは「亡き母の面影がある」女性がほとんどだ。正妻は葵の上。

光源氏が女性に対する価値観をこじらせてしまった原因は、母・桐壺が、光源氏が幼子のうちに亡くなってしまったことだと思う。そのときに、光源氏が負った悲しみを心から癒してくれる人がいたならば、生涯にわたり母の面影を追い続けることはなかったのではないか。

また、光源氏は「母の面影があれば誰でもいい」と数多くの女性と関係を持つことで、母を亡くした悲しみを忘れようとしている。これは、紫式部が源氏物語の執筆を開始した理由と重なる部分でもあり、紫式部は夫を亡くした自分の悲しみを、母を亡くした光源氏の悲しみに描写して表現しているところも面白い。

モテ男にも悩みあり?!光源氏の煩悩

継母・藤壺との間に生まれた息子がのちに天皇となり、光源氏は上皇へと飛躍的に出世を果たす。地位・富・女性にも困らず、自分の思うままに生きてきた光源氏は、正妻がいるにも関わらず一層派手な女性遊びを繰り返すのであった。

遂にバチが当たったのか、愛人であった六条御息所は生霊となり、正妻の葵の上を呪い殺す。葵の上の死を通して、光源氏は「自分は何のために生きているのか」わからなくなってしまい、苦しみながら出家してしまう。そして、他人の女性を奪ったり、女性を蔑ろに扱ってきたりした行為は、多くの人を傷つけてきた暴力的行為なのだと気づくのであった。

源氏物語のテーマはまさに「栄枯必衰」

平家物語にもあるように、まさしく「一度栄えた者は、いつかは滅びる」。光源氏自身が気づいたように、他者にした暴力的行為が自分を孤独にしたのだ。

歴史的観点でいうと、例えば織田信長が挙げられる。信長は商売のセンスと戦のセンスはピカイチだったようだが、部下を蔑ろにしたために、本能寺の変で家臣の明智光秀に殺されてしまう。一方、徳川幕府を開いた徳川家康は、部下を大切にして味方を増やし、関ヶ原の戦いで勝利をつかみ、250年も続く江戸幕府を築いた。

光源氏と両者を比較するにはスケールが異なる気もするが、「人生の豊かさを決めるものは人との関わりであり、人を大切にすること」だと、光源氏の生涯を通して紫式部が伝えたかったのだろう。

光源氏が溺愛した正妻・葵の上について

葵の上は、10歳のときに光源氏と出会い、成人後に正妻となった。光源氏の愛人たちが嫉妬するほどに愛され、最終的には六条御息所に呪い殺されてしまう。光源氏は、葵の上を自分好みの女性に育てようとしていた。葵の上は亡くなるまでずっと、光源氏の価値観から離れられなかったのだ。

女性よ強く生きろ!葵の上からのメッセージ

都随一のモテ男に溺愛されても、つらいものはつらい。物語の途中、葵の上は「女ほど哀れなものはない」と語っている。しかも、周囲の女性たちに「後世に生きる人は自分の意思を強く持った生き方をしてほしい」と遺している。平安時代、女性は生活のために結婚する時代であり、そこに女性の意思はなかった。

女性の権利をようやく主張できたのは大正時代になってからで、男女共同参画社会が人類の共同認識となったのは、日本においては戦後からである。それまで日本の女性は選挙権もなく、自由に働く権利もなかったのだ。男女平等の価値観は、今から1000年以上前に生きていた女性たちも持っていた、普遍的な価値観であったのだと、源氏物語から読み解くことができる。

現代人にも伝えたい源氏物語のテーマ

平安時代に描かれた源氏物語。現代でもミュージアムができるなど、多くの人に読まれて研究されているだけに奥が深い。光源氏や葵の上の人生には、「人間としての豊かな生き方」を考えるメッセージが込められている。

平安時代の文学だからと敬遠しがちだが、テーマから紐解いてみると新たな発見があるかもしれない。これを機に、古文学や歴史に興味を持っていただけたら嬉しい。

この記事を書いた人

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おの

ライター(一生懸命修行中)

北海道出身、在住。
発電所で働く傍ら、ライターとして二足の草鞋を履くための修行中。趣味は考え事をすること、旅行をすること。

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