「アレグロ(Allegro)=速く」「フェルマータ(Fermata)=その音符または休符をほどよくのばして」――これらは基本的な音楽用語と、その一般的な意味である。とても簡潔に日本語に訳されているが、「速くってどのくらい?」「ほどよくってどの程度?」と疑問が湧いてこないだろうか?
クラシック音楽を演奏するときには、過去の作曲家が残した楽譜からその意図を読み取り、彼らがイメージした音楽を再現することが大切である。そして、音楽用語は作曲家が自身のイメージを演奏者に伝えるために記してくれた大きなヒントだ。筆者は幼少期からピアノを習い、現在とある大学院でピアノを専門に学んでいるが、演奏者にとって音楽用語はとても身近で大切なものだと感じる。
「音楽用語は難しい専門用語」と思われるかもしれないが、実はそれらの多くはイタリア人が普段の会話で普通に用いるものである。当記事では、イタリアの日常会話を交えて“生きた言葉”として音楽用語の意味を紹介していく。
音楽用語は作曲家から演奏者へのメッセージ
実は、音楽用語は初めから楽譜に記されていたわけではない。楽譜に音楽用語が表記されるようになった理由をひも解くために、少し歴史をさかのぼってみよう。
宮廷音楽家としての作曲家と楽譜
その昔、作曲家はそれぞれ特定の宮廷に仕える職業だった。J. S. バッハや ヘンデルといった作曲家たちの時代である。いわば、宮廷専属の料理人と同じような立場だと考えていただけると分かりやすいだろうか。料理人が貴族たちのために料理を作り、提供するのと同じように、作曲家は音楽を作って宮廷の貴族たちを楽しませていた。
そのため、楽譜は作曲者自身や、その周りのごく少数の宮廷音楽家が演奏するためだけのものだった。細かい指示は口頭で直接行うことができるため、楽譜には速度などを示す音楽用語はもちろん、強弱すら記す必要がなかったのだ。
作曲家と演奏者が直接会うことのない時代へ
楽譜に音楽用語が記されるようになったのは、モーツァルトやベートーヴェンら古典派の時代である。まさに、この頃を境目として音楽は「貴族を楽しませるためのもの」から「自己表現の芸術」へと形を変えていく。作曲家は宮廷音楽家としてではなく、1人の芸術家として活動するようになった。
楽譜が世間に出版され、宮廷の音楽家たちだけではなく幅広い人々に行きわたるものになると、演奏者が作曲家から直接話を聞くことは難しい状況になっていった。そこで、作曲家は自身の意図をより正確に演奏者に伝えるため、具体的に楽譜に指示を表記するようになったのだ。
その当時、芸術文化においてイタリアが中心的存在であったことから、音楽用語は基本的にイタリア語で書かれている。そして、日本では小中学校などの教育機関で、またはピアノの先生から音楽用語の意味を教わるが、それらは普通、非常に簡潔に表された1つの解釈にすぎない。
イタリアの日常会話から見る音楽用語の意味
音楽用語には大きく分けて「速度」「音量」「表情」「奏法」などを示すものがあるが、今回は上記4つの項目から代表的なものを1つずつ紹介する。まず一般的に学校などで教わる意味を確認した後、イタリア人は日常会話の中でどのように用いるかを紹介しながら、より詳しく深く、それぞれの用語の意味を考えていこう。
【1】速度 アレグロ(Allegro)=速く
曲の冒頭や区切りで記されることの多い用語。
実は、この言葉に「速く」という意味はない。イタリア語では「陽気に」「楽しい」「明るい」といった意味で使われる。
例)「Uomo allegro, Dio l’aiuta. 笑う門には福来る(陽気な人は神が助けてくれる)」
「速く」というと、時間がなくて急いでいる、または特急列車が過ぎ去るような、どこかせわしないイメージがないだろうか?
では、これを「陽気に」と捉えるとどうだろう。楽しくておしゃべりが止まらない様子、何かいいことがあって軽い足取りで歩いている様子をイメージしてみてほしい。明るさと軽さから生じる速度、これが自然な「アレグロ」の速さである。実は、ベートーヴェンもこの問題について「アレグロは速いという意味ではない」という手紙を出版社に送ったそうだ。
【2】音量 クレッシェンド(Crescendo)=だんだん強く
記号で記されることが多い。また「cresc.」 と省略して書かれることもある。
「成長する」「大きくなる」「増える」の意味の動詞であるクレーシェレ(crescere)にエンド(endo)をつけて、現在進行形にしたものである。クレーシェレの語源は「創造する」という意味のラテン語、クレアーレ(creare)だ。これは、英語のクリエーション(creation)の語源でもある。よって、人間や動物、植物など、神が創造したものが自然に成長していく様子を表すのに使われる。
例)「Il bambino sta crescendo bene. 子どもは元気に育ってますよ」
ただ音量が増していくのではなく、成長することへのワクワクとした気持ちが膨らんでいく様子が想像される。
【3】表情 カンタービレ(Cantabile)=歌うように
ドラマ『のだめカンタービレ』で有名なこの用語は、曲の冒頭や区切りだけではなく、特定のフレーズに対しても用いられる。画像は有名なベートーヴェンのピアノソナタ『悲愴』の第2楽章の冒頭部分で、ドラマでは千秋先輩がのだめの部屋で目覚めたときにのだめが弾いていた曲である。
もとの動詞はカンターレ(cantare)で、「歌う」という意味である。
例)「Deve essere proprio un pezzo cantabile. とても歌いやすい曲だね」
イタリアのナポリ地方の民謡であるカンツォーネには有名なものが数多くあるが、中でも『オー・ソレ・ミオ O Sole mio』 は誰もが耳にしたことがあるだろう。参考までに、「三大テノール」として親しまれているルチアーノ・パヴァロッティ、プラシド・ドミンゴ、ホセ・カレーラスによる歌唱映像を紹介しよう。歌唱技術を競い合う小芝居が行われており、見ごたえのある映像だ。
この動画の3人の歌手を見ていると、歌うことは心を開放的にしてくれる楽しいことなのだと実感する。心を込めて、自由に気持ちよく演奏すること。それが「カンタービレ」の意味なのではないだろうか。
【4】奏法 フェルマータ(Fermata)=その音符または休符をほどよくのばして
楽譜上では「コローナ(Corona)」という記号で表される。
実は、フェルマータはイタリアではバス停や路面電車の停留所のことを指す。
例)「Scendo alla prossima fermata. 次の停留所で降りま~す」
原型の動詞はフェルマーレ(fermare)である。機械を止めるとき、歩いている人を呼び止めるとき、ゴールキーパーがボールを止めるときなど、「動きを止める」ことはすべてこの動詞で表すことができる。パスタを茹ですぎるのを止めることや、アイデアがひらめいたときに書き留めておくことも「フェルマーレ」と言うそうだ。
冒頭で「ほどよくのばす」とはどの程度なのかという疑問を呈したが、その答えは「動きが完全に止まるまで」と言えるだろう。
音楽用語は“生きた言葉”である
音楽用語は作曲家から演奏者へのメッセージであり、それらの言葉は実際にイタリア人が日常会話で使う言葉で、それぞれ一言では言い表せない“生きた言葉”としての意味を持っている。イタリアに旅行に行くことがあれば、ぜひ街中で音楽用語を探してみてはいかがだろう。また、いくつか音楽用語を覚えていたらどこかで役立つかもしれない。