観光地の代名詞ともいえる北海道。札幌をはじめ、小樽、函館、旭川、富良野など、土地ごとに個性が強い上に、同じ土地でも夏と冬で景色が変わるため、何度訪れても新しい発見に出会えます。皆さんは、北海道の都市のひとつである「苫小牧(とまこまい)市」をご存じでしょうか。
苫小牧市は北海道の太平洋沿岸に位置し、近くには地獄谷温泉や熊牧場で有名な登別があります。フェリーターミナル、新千歳空港といった外からの玄関口からもアクセスがよく、苫小牧を経由して観光地巡りに出かける方も多いです。
しかし、街自体に訪れる方が少ないのが、苫小牧の現状です。この街では皆さんの想像以上にたくさんの人々が暮らしています。その証拠として、2018年には“道内で4番目に人口が多い都市”に認定されました。
めぼしい観光スポットがない苫小牧は、あまり注目を浴びる機会がない都市です。では、いったい何が人々を魅きつけているのでしょうか。苫小牧市に実際に住んでいた私が、最近ひそかに熱い街の魅力と、暮らしぶりをお伝えします。
苫小牧が「氷都」と呼ばれる理由
西高東低の気圧配置を「冬型の気圧配置」と呼びます。ユーラシア大陸で発達したシベリア高気圧が日本海を渡り、日本列島を訪れることでこのような配置になるのです。その際に海上で大量の水蒸気を蓄えるため、札幌など日本海側にある都市が大変な大雪になることは、皆さんもご存じでしょう。
高気圧はそのまま東に進み、道央の山脈にぶつかります。このときに、蓄えた水蒸気が落ちて水分が減少するため、山脈を越えた先にある太平洋岸の地域には、冷たく乾いた風のみがやってきます。そのおかげで、苫小牧は真冬でもほとんど雪が積もりません。「札幌が吹雪でも苫小牧は快晴」という現象は、こうしてできあがるのです。
晴れの日が多い苫小牧の冬ですが、たまには雨も降ります。氷点下の風が吹き付けるなかで雨が降ると、雨が降った範囲が天然の冷凍庫で冷やされ、物の見事に一夜で氷漬けになるのです。歩道も車道も容赦なく凍り、路面はまさに天然のスケートリンクと化します。これが、苫小牧が「氷都」と呼ばれる所以です。
街を代表するスポーツもスケート。学校でもスケートの授業が行われ、毎年2月には『とまこまいスケートまつり』が開催されています。市内には屋内スケートリンクが5箇所もあり、アイスホッケーのオリンピック代表選手が何人も輩出されているのです。
北国に住む人は皆、無賃の重労働ともいえる「雪かき」をしなければならない宿命を背負っていますが、 雪が降らない苫小牧では、代わりに「氷割り」という作業を行います。あまり聞きなじみのない言葉でしょう。北海道出身の私でも、苫小牧に移住するまではまったく知りませんでした。
雪かきはスコップを使って行いますが、氷割りに使うのは、その名の通り「氷割り」という大きなマイナスドライバーのような代物です。ホームセンターで入手でき、使い方は簡単です。割りたい部分に氷割りの先端を置き、持ち手を引き上げて勢いよく真下に叩きつけます。すると、衝撃波が器具の先端を伝い、氷の内部に亀裂を走らせます。この動作を何度も繰り返して氷がブロック状に割れたら、あとは塊をスコップで取り除いて終了です。雪かきとは違って割り続ければ必ず地面が見えるため、終わった後は妙な達成感が味わえます。
氷が溶けだす暖冬は意外とクセ者
「今年は暖冬の見通しです」というフレーズは、多くの方にとっては福音でしょう。しかし、私はこの言葉を素直に喜べません。暖冬になると太陽光が強く差し込み、路面の氷が溶け出してしまうからです。氷は固まっているときよりも、溶けているときのほうが滑りやすくなります。
例えば家を出て、溶けたスケートリンクの上をひたすら歩くことを想像してみてください。滑らないように足元に神経を使うため、目的地に着くころにはもうヘトヘト。どうしても歩く必要に迫られたときは、ペンギンのように歩幅を小さくし、靴裏全体に体重をかけて歩く方法がおすすめです。時間はかかりますが、転倒による骨折は避けられるでしょう。
氷が一度で溶けきるのならまだいいのですが、夜には冷たい風が吹きつけ、恐ろしいことに朝には再び凍ってしまっています。そしてまた日中に路面が溶けて……というエンドレスリピート。矛盾しているようですが、暖冬よりも厳冬のほうが暮らしやすいです。
歩道がこのような状況のため、市民のほとんどは車移動をメインに活動しています。ただし、当然ながら車道も凍ったり溶けたりを繰り返しているため、運転には細心の注意が必要です。道幅の大きな幹線道路に出るとスピードを出しがちですが、ここに大きな罠があります。運転しながらでは、ほぼ判別不可能な「ブラックアイスバーン」が至る所に仕掛けられているのです。常に速度を30〜40km/時ぐらいに留めておかないと、赤信号に突進することになるので気をつけましょう。
若いファミリー層の増加で湧き立つ「沼ノ端」
ここまでの話を聞くだけでは、苫小牧がどうして札幌、旭川、函館といったメジャー都市に次いで、道内人口第4位なのか不思議に思うかもしれません。しかし、北海道の冬の暮らしが大変なのは、道民にとって自然なことです。冬の苦労を超える大きな魅力が、この街には詰まっています。それを、これからご紹介しましょう。
苫小牧のなかでも注目を集めているのが「沼ノ端(ぬまのはた)」というエリアです。きっかけは2005年、苫小牧市郊外に『イオンモール苫小牧』が完成したことでした。大規模な駐車場が完備されたイオンモールは、車社会を生きる市民に熱烈な歓迎を受け、今もなお週末は大混雑です。イオンの完成を機に、車を停められない駅前からイオン付近に街の中心部が移り、そこから同心円状に発展していきます。
その余波を受け、イオンに近い地域の沼ノ端に宅地開発ブームが到来しました。札幌近郊に比べて地価が安いため、別の土地から若いファミリー層が続々と移住してきます。道内の多くの街が人口減少の一途で喘ぐなか、沼ノ端では2002年以降に小中学校が新設され続け、今年もさらに中学校が開校する予定です。このように、沼ノ端は苫小牧において今まさに盛り上がりを見せている地域なのです。
また、沼ノ端の人気の理由として、第一に札幌・千歳方面へのアクセスのよさが挙げられます。沼ノ端駅にJRの特急が停まるようになり、高速道路のインターチェンジもすぐ近くです。JRなら1時間、高速道路なら1時間半で札幌中心部に着きます。
交通の便のよさは札幌・千歳方面だけではありません。例えば連休にどこかへ遠出することになったとき、沼ノ端ならすぐに「自家用車」「電車」「飛行機」「フェリー」といった4種類の交通手段が思い付きます。4つの選択肢から好きな手段を選べる環境はなかなかありません。海外・国内のどちらもアクセスが抜群です。時間の余裕があるときは、フェリーでゆったり旅行するのも素敵です。
さらに、意外かもしれませんが、沼ノ端は冬でも暮らしやすいと評判です。車移動がほとんどなので外を歩く機会はごくわずか。日本海側のように吹雪や大雪に悩まされることもなく、なにより雪かきをしなくて済むのが大きいです。
暮らしやすい苫小牧は生活におすすめの地域
氷との付き合い方さえ身につけてしまえば、札幌の郊外にあるものは一通りそろっており、何一つ不自由ない暮らしを送ることができるでしょう。また、沼ノ端から札幌駅まではJRを使って1時間程度です。冬の車道は渋滞しやすく、車で向かうよりも電車のほうが早く着く場合もあります。休日には地の利を生かして、好きな場所へでかけましょう。思い立ったら好きな場所に旅立てるのも、この街のよいところです。札幌近郊の高い家賃と雪かきで消耗してしまう前に、苫小牧に住むという選択肢はいかがでしょうか。