2018サッカーW杯ロシア大会で導入された「VAR(ビデオ・アシスタント・レフェリー)」。VARの使用によって試合が中断されたことや、審判が宙に四角を描く独特のジェスチャーなどで話題となったため、気になっていた方も多いのではないだろうか。筆者は、海外サッカー観戦歴13年目を迎え、昨今の海外サッカー事情を見つめてきた。そこで、“サッカー観戦をするファン”という視点で、改めて「そもそもなぜVARが生まれたのか」「メリットやデメリットは何なのか」を考えていこうと思う。
VARの概要
VARとは
VARは、主審がピッチ上で起きた事象について、映像を用いて確認するためのシステムである。特徴は、主審の判断で使用を決めること。ほかのスポーツでは、回数制限を設けてビデオ判定を審判に求める「チャレンジ」と呼ばれる制度がある。しかし、サッカーには“主審が常に判断を下す”という原則があるのだ。VARは、主審が判定を行う際にサポートをするための手段として存在している。
VARのきっかけ
2018年3月、サッカーのルール制定などを決める機関である『IFAB(国際サッカー評議会)』のテクニカルダイレクターを務めるデイヴィッド・エラレイ氏が、日本サッカー協会に向けて、VARの説明会を実施。1時間以上にわたったVARについてのプレゼンテーションの中で、導入のきっかけについて「審判が見えない位置で起きた暴力的行為といった深刻な事象を確認し、新聞の見出しを飾ってしまうような状況になることを防ぐため。我々は誰が見ても明らかで、疑う余地のないエラーを避けなければならない」と話した。
VARが適応される事象
エラレイ氏は「最小の介入で最大の効果を得ることがVARの哲学である」と言う。それゆえに、VARが適用されるのは「ゲームを左右する事象」のみだ。IFABでは「ゲームを左右する事象」を以下のように定めている。
(1)得点に関すること
(2)PKであるか否か
(3)レッドカードに相当する行為か
→2度目の警告を含めたイエローカード相当の行為は対象外
(4)間違った選手に対しての退場処分、警告処分か
これらは、あくまでも「明らかな間違い・明らかな不公平」を対象としており、100%の判定を達成するものではないとエラレイ氏は言う。
VARが活躍した事例
2016クラブW杯
2016年に日本で開催されたFIFAクラブW杯で、VARが取り入れられた。判定の対象となったのは、Jリーグの鹿島アントラーズ。初のVAR判定によるPKでの得点は、世界的な話題となった。本大会は初のFIFA主催であり、VARがしっかり機能したとして評価されている。
2018FIFAW杯
先のロシアW杯では、VARにより14件もの主審判定が覆り、PKの数は大会史上最多の20回を記録。決勝戦のフランス対クロアチアの一戦でもVARでのPK判定が下され、最後の最後までVARが存在感を見せつけた大会となった。
サッカーファン目線で考えるメリット・デメリット
判定においてさまざまな機能を果たすVARだが、サッカー観戦をするファンにとってのメリットとデメリットを考えていきたい。
メリット
まずは、主審の判定にしっかり納得できること。これまでファウルかどうか微妙なプレーは、主審の判断に委ねるしかなかった。しかし、VARの映像は審判団のモニターだけでなく、テレビの画面やスタジアムのビジョンでも流される。私たちファンも確認が可能なため、判定にしっかりとした納得感を持って試合を見ることができるのだ。
次に、審判を欺くプレー、いわゆるシミュレーションの減少につながる点。ロシアW杯では、ブラジル代表のFW・ネイマールが、相手に削られたとしてピッチに転がり、痛がるシーンが世界的に話題となった。そこに大きく影響していたのがVARである。実際に一度PKの判定が覆されたこともあり、試合を見ていたファンたちから「またシミュレーションじゃないか」「そんなに痛がるなんて大げさだ」と取り沙汰された。
ネイマールのプレーは、南米で「マリーシア(ポルトガル語で『ずる賢さ』という意味)」と呼ばれるもので、世界のサッカーにおける醍醐味ともいえる。しかし、日本にはスポーツとはいえ、欺く行為を良いものとは考えづらい文化があるのも事実だ。プロ選手を夢見てプレーするサッカー少年たちが真似しないよう、シミュレーションが減ることはVARのメリットといえるのではないだろうか。
デメリット
VARのデメリットは、試合が中断されてしまうことだ。サッカーは、攻守が表裏一体となったプレーの連続性も魅力のひとつ。しかしVARが適応された場合、最短でも1分は試合が中断され、選手たちは判定が下されるまで待機することになる。スポーツには優勢、劣勢の「流れ」があるとされ、流れをものにできるかという点も、観戦するファンにとっては重要なポイントなのだ。確かに試合の行方を左右するプレーを正当に判定することは重要だが、時として「判定に要する時間が試合を左右してしまう」ということも考えられる。
今後、VARはどうなっていくのか
VARの導入については、サッカーのルールを決める機関であるIFABが賛成し、ロシアW杯においてある程度の評価を得ることに成功している。また来シーズンからは、スペインやフランスなどの一部国内リーグでも導入される予定だ。とはいえ、ほかの世界各国リーグでは、コスト面などを考えるとすぐに導入という訳にはいかない現状があるだろう。日本のJリーグも含め、将来どのような広がりを見せていくのか。今後の動向に注目したい。